PC Engine

PCエンジンにまつわる当事者の想いを保存する

ゲームのすべてを残す

皆さんはゲーム保存というと何をイメージしますか?

天井まで積まれた膨大なゲームのコレクションをイメージする方は多いと思いますし、以前は私もその一人でした。

もしもゲーム保存がこれぞというゲームをコレクションすることであるなら、そのゲームはいったいどのような基準で選ばれるべきなのでしょうか?

ゲーム保存協会の理事長であるジョゼフさんと知り合った当初、「後世に残すべきゲームとそうでないゲームは誰がどのように区別するのか?」と質問したのですが、彼の答えは私の目を大きく見開かせるものでした。

「すべてのゲームを残します。今の時代に価値が無いと思われたゲームが後世に価値を見出されるかもしれないから。同じ理由で、ゲームだけでなく、パッケージやマニュアル、当時遊んだ人のテクニックや記憶もすべてがゲーム保存の対象なのです。」

すべてのゲームを残す・・・ゲームのすべてを残す・・・。

途方も無いことのように思えました。

しかし、だからこそ一人の力で完遂することはできず大勢の力が必要なのだと。

特別なコレクションやスキルが無い私にも何かできることがあるのではないかと思い、私はNPOゲーム保存協会に加わったのです。

 

会社の大先輩がPCエンジンを企画していた!

ところで、私には長年温めていたひそかな願いがありました。

それはかつてNECホームエレクトロニクスでPCエンジンの企画に携わった会社の大先輩に当時のお話を伺うこと。

その方がかつてPCエンジンと関わりがあると知ったのは私が入社して間もない頃でした。しかし私にはインタビューをまとめたり、ライターとして文章を発表した経験が無かったこともあり何もせず20年近い月日が流れていたのです。

ジョゼフさんの答えと、私の長年の願いが結びつきました。

当時のお話を伺い記録することもまた、ゲーム保存活動だったのです。

先日その大先輩が引退となり盛大な送別会が催されたその席で私はついに、PCエンジンについてお話をお伺いしたいと申し出て快く承諾を頂くことができたのでした。

インタビューで特にお伺いしたいと考えたのは、NEC側から見たPCエンジンの企画についてです。私の知る限り、世に出ている記事はどちらかと言えばハドソンによる技術寄りの話が多いと感じていましたので、今回はその穴を埋めたいと考えました。

大先輩は実名を出すことは控えて欲しいとのことでしたので、この記事ではK氏と表現させてもらいます。

午後から雨模様という2015年の肌寒い晩秋の日、渋谷にてお会いしました。

以下、インタビューの結果を記します。


 

■パソコン、ゲームとの関わり

沼: パソコンやゲームには学生時代から興味があったのでしょうか?

K氏: 当時はNECのアルバイトでデモソフトのプログラムを書いたりプログラマー向けのテクニカルな解説書を執筆したりしていたから、大学卒業後は、その流れでNECに入社、パソコン事業担当部門に配属されたんだ。

高校時代からコンピュータに興味を持ち、日本だけでなく海外のパソコン雑誌も読み漁り、大学に入ってからは、アマチュア無線とコンピュータを扱う研究会に所属。入学して間もなく、NECからPC-8001が発売されるとすぐに買ってしまったという。

沼: ちょうどパソコンが立ち上がる時期ですね。

K氏: でもパソコン黎明期を立ち上げたさらに上の先輩方の世代から3~4年・・・一世代遅れたんだよね。

沼: ゲームには興味ありましたか?アーケードなどはいかがですか?

K氏: インベーダーゲームなど、よくゲームセンターに通っていたよ。お金がかかってしかたがないから、PC-8001を買ってからはブロック崩しや麻雀ゲームなど、自分でゲームを作って楽しんでいたよ。

 

■入社 ~ PCエンジンの企画前夜

沼: NECに入社してからはどのような業務をされていましたか?

K氏: 入社は旧パソコン事業部。装置側を作りたくて。3rdパーティーと相談して、次はどんなアーキテクチャにしようか、音が弱いから強化しようとか、そういう話をしていたよ。

沼: スプライトの強化はどのようにお考えでしたか?

K氏: コストとLSIの関係でスプライトは積まなかったけど、16ビットパソコンになったPC-88VAのときはガリガリのスプライトアーキテクチャだったね。

沼: ファミコンは遊びましたか?

K氏: 発売されて会社ですぐに買って試してみたね。コンピュータって名前がついていたからね(笑)。もちろん自分でも買ったよ。

1年の半年は商品企画、残りの半年はシステム周りのプログラムを書くといった業務サイクルだったそうだ。転機は入社3年目の1985年。個人用パソコン部門がNECホームエレクトロニクスにまとまりK氏は出向。パーソナルインテリジェンス事業部の配属となる。

NECグループ内で個人向け製品はNECホームエレクトロニクスの分担だから家庭用ゲーム機をやるには動きやすい状況になった、というK氏。1985年はスーパーマリオもでてゲーム市場が温まってきた頃でもあったという。

K氏: これはまだあまり記事になっていない話だと思うけれど、この年、旧NEC本社ビルの一室を借りてゲーム機事業参入のタスクフォースが結成されたんだ。セールスの人と自分と、あと二人。4人のメンバーで3ヶ月ほどゲーム機事業参入の検討をしていた。

ファミコンは何で成功したのか?何が足りないのか?ビジネスモデル含めてリサーチした。

午前中はスーパーマリオを遊んで(笑)、午後はソフト会社をまわってヒアリングしてシナリオを考えた。ファミコンを超えるゲーム機はどうあるべきか、NECとして発揮できるコアコンピタンス(強み)は何かと。

結論は、まずビジネスモデルはパソコンの延長ではダメだということ。ソフト会社を囲い込んでロイヤリティビジネスにする必要がある。

あとはファミコンと比べて一目で違いがわかる表現力が大事で具体的には画像とサウンド。CD-ROMはNECホームエレクトロニクスが立ち上げていたからこれを使おうと。

沼: 1985年の時点でCD-ROMが挙げられていて驚きました。ゲーム機事業参入はその後すぐに動き出したのでしょうか?

K氏: 我々は装置屋さんでゲーム機を作るには当時で言うプロセッサー屋さんとソフトウェア屋さんとの協業が必要だから、タスクフォース解散後は上層部が1年ほどパートナーを探していたよ。

たまたまハドソンも同じようなことをやっていて、ハドソン、セイコーエプソンと組むことになった。パートナーがみつかったからやろう、ということでまた検討に加わることになった。

ハドソンはファミコンのソフトを作っていたからファミコンを知り尽くしていた。
そこに我々のCD-ROMを加えようということ。

CoreGrafx 2

■PCエンジンの企画と開発

沼: そもそもですが、PCエンジンという名前の由来をお聞きしてよろしいでしょうか?エンジンはコア構想のエンジンという意味だと以前何かの記事で読みましたが、PCはやはりNECらしくパソコンのPCなのでしょうか?

K氏: PCはパーソナルコンピューティングの意味で、ゲームだけでなくリビングで幅広く活用してもらいたいという意図があった。

沼: PCエンジンは特にアーケードの移植に強いマシンというイメージがありました。この点は意識されていましたか?

K氏: アーケードというよりもNECがこだわったのはCD-ROM。ファミコンと一目で明らかに違うレベルの表現力を、コストの枠内でどう実現するか。

沼: セガのメガドライブが当時のアーケードアーキテクチャをベースにしていたのと比べるとPCエンジンはユニークでしたね。

K氏: アーケードは高価なメモリをじゃぶじゃぶ使うけれど、家庭用でそれをやったら価格が跳ね上がってしまう。スプライトなどのアーキテクチャはハドソン側が決めたけれど、彼らなりの知見で当時ベストな設計をしたと思う。

沼: 当時、定価24,800円はファミコンよりも高めの値段に思いました。

K氏: 24,800円ではハードの儲けは無かったね。ソフトウェアのロイヤリティ収入があったからなんとか価格を下げられたけど、もしハード単体で開発費も回収しようと思ったら、おそらく5万円とか7万円になってしまっただろう。

CoreGrafx 1

■PCエンジン発売後 : ハードウェア

沼: PCエンジンといえば、いろいろな本体のバリエーションが特徴的でした。例えばスーパーグラフィックスなどはメガドライブやスーパーファミコンを意識されたのですか?

K氏: バリエーションを用意したのは、ただ単にグレードを松竹梅で用意しようというNECらしい発想の結果であって、他社のゲーム機のSPECはあまり意識していなかったな。

沼: PCエンジンを内蔵したシャープのX1ツインなどは、なぜNECのパソコンで内蔵しないんだろうと思いました。

K氏: パソコンに内蔵するとマザーボードを複数開発する必要があり手間がかかるから、そのかわりPCエンジンを内蔵したパソコン用モニタを開発してこれ1台でカバーしようと考えた。X1ツインとは住み分けできていたんじゃないかな。

沼: LDロムロムも変り種として印象深いです。パイオニアの製品ですけどNECホームエレクトロニクスからも出ていたそうで当時はどのようなスタンスでしたか?

K氏: LDロムロムの発売は自分が離れた後だったけれど、当時はやれることは何でもやろう、ポストファミコンだと、いけいけドンドンだったよ。

沼: PCエンジンの事業で、特に盛り上がった印象に残る時期はありますか?

K氏: うーん。特にいつが盛り上がったというより、じわじわとずっと右肩上がりが続いていた印象かな。PCエンジンの雑誌がいくつも創刊されて、テレビでも露出が増えて・・・と。

沼: 熱いですね。

K氏: 業務の2割だけどね(笑) 本業はパソコン。

沼: 2割でそれだけ濃密なのはうらやましいです(笑)

ゲーム機の企画は業務の2~3割で本業はパソコンと言うK氏は、当時PC-88VAを企画し同機のBASICインタープリタを書いていた。PC-88VAは知る人ぞ知るスプライトを搭載した16bit機であり、まさにゲームのためのパソコンである。

沼: 自社でゲーム機をやってよかったと思いますか?

K氏: もともとパソコンをゲームマシンとして仕立て上げてきた歴史があるからね。PC-8801mkIISRのときはガリガリにゲームを意識したよ。

沼: PCエンジンもその系譜なのですね。

 

■PCエンジン発売後 : ソフトウェア

当然のことだがソフトウェアは核心的要素である。ハドソンがついていたとはいえ、ソフトウェアを社外に丸投げはできないとNECグループでNECアベニューを設立するなどの手を打った。そしてキーとなるメーカーとしてコナミの名前も挙がった。

沼: 私は当時メガドライブ派だったのですが、コナミがグラディウスなどのキラーソフトをPCエンジンにばかり投入したのが悔しくてたまりませんでした(笑)

K氏: コナミ参入はハドソンルートだった。ハドソンとコナミは当時から関係が深かったから。当時はサードパーティにランクがあって、コナミはサードパーティの中では契約条件などが特に優遇されていたね。

沼: PCエンジンではスペースハリアーなどセガの看板タイトルが発売されました。

K氏: 自社ブランドで出すリスクをとれないとか、オトナの事情で出せないとかの場合は、アベニューが受け口になっていたね。

 

■PCエンジンの収束

市場の一角を占めるに至ったPCエンジンだが、時代は次世代機へと移ろうとしていた。K氏は1991年、PCエンジンの完成形だというCD-ROM内蔵のPCエンジンDuoを担当し、その後のシナリオをまとめてからNEC本社に復帰した。

一方のパソコンもPC-88VA以降の16bitはNEC本社のPC-9801に集約する方針が固まったため、PC-98DOを企画して社内の88のリソースを統合する道筋をつけた。

沼: コア構想には様々な可能性があったと思います。何かやり残したと思うことはありますか?

K氏: PCエンジンは家庭向け端末としての広がりの可能性を示すことができたと思うが、当時は他に通信もやりたかった。例えるなら任天堂のWiiのようなリビングルームで通信も融合したマシンかな。

ちょうどパソコン通信からインターネットに切り替わる時期にあたってしまいタイミングが悪かった。テレビに向かってネットをする、コミュニケーションするというにはまだ少し早かったね。

沼: たらればの話ですが、PCエンジンが海外でもっと成功していればビジネス判断として次世代機を続けられましたか?

K氏: 次世代機ができなかったのは単純に、ゲームソフト会社をひきつける、ゲーム機に適した3Dアーキテクチャを開発環境も含めて提案できなかったからに尽きる。パソコン用の3Dをそのままもってきてもダメ。

そういうパートナーと組む必要があったが見出せなかった。アライアンスはただ組めばよいというものではなく、PCエンジンのときのCD-ROMに相当する武器がこのときは無かった。

 

■PCエンジンとは : 総括

沼: PCエンジンを総括するなら、どのように言うことができますか?

K氏: うーん。どういう観点で言うか難しいけれど。少なくとも、あれがあったからNECホームエレクトロニクスが5年間は延命できたと思う。

当時、家電事業がどんどん台湾や東南アジアに移って、何か新しい、日本でしかできない事業を興す必要があった。ゲーム機という選択肢は当時としては正解だったんじゃないかな。

沼: まさに企画の本懐ですね。

本日はお忙しいなか、貴重なお話をありがとうございました。


 

まとめ

貴重なお話を伺い、こうしてまとめを書きながら感謝の念を改めて思います。

K氏にはこの場を借りて改めて深く御礼申し上げます。

K氏が担当されたPC88シリーズの話題のあまりの興味深さに思わず話がそれつつも、PCエンジンの熱い記憶をお伺いすることができました。インタビューの記事をまとめることは初めての経験でしたが、取り組んでみて本当に良かったと思います。

 

これからも多くの皆様により様々な方法でゲーム保存が進むことを願っています。

記事をご覧いただきありがとうございました。

 

ゲーム保存協会 沼

写真 ブリエール・エディ

ゲーム保存協会 Game Preservation Society

資料保存のための特殊ケース販売

あけましておめでとうございます。

旧年中は皆様からのあたたかいご支援ご助力を賜り、誠にありがとうございました。

おかげさまでゲーム保存協会は今年で5周年を迎えます。

 

劣化が進むゲーム資料の保存は今、非常に厳しい状況に直面しています。5周年を前に私たちメンバー一同も、「ゲーム文化資料の保存」という基本に立ちかえって、地道に、ひとつずつ、目の前のできることから取り組んで参りたいと存じます。

本年も変わらぬお引き立ての程よろしくお願い申し上げます。 皆様のご健勝とご発展をお祈り申し上げます。

平成28年 1月吉日

理事長 ルドン・ジョゼフ


NPO法人ゲーム保存協会では、ゲームに関する貴重な資料を正しく保管し後世に残すために様々な活動を続けています。ただゲームを集めるのではなく、それぞれの資料を適切な形で保管して劣化から守り、必要なものは順次修復作業やマイグレーションを行うのですが、こうした作業に欠かせないのが各資料を保管庫に収納する際の特殊容器です。

以前の記事にも紹介した通り、ゲーム資料は複数の異なる素材から構成されており、それらをまとめて元の状態のまま放置していると劣化が進んでしまいます。なので、資料を劣化から守るために、まずは資料を素材ごとに分けねばなりません。今回特に注目したいのはメディアです。

例えばフロッピーディスクが入っているゲームソフトの場合、ソフトを包むパッケージの箱はプラスチックや紙でできていることが多く、マニュアルなども紙です。紙は場合によって湿気を吸ってしまったりして、フロッピーディスクの大敵カビをおびき寄せることも。ゲーム保存協会では、メディアが入っている資料についてはまず劣化に弱い各種メディアを抜き取って別の専用保管箱で管理することを推奨しています。

フロッピーディスクやカセットテープといったメディアはすでに複数のパーツから組み立てられたものですが、非常にデリケートで、カビや錆といった外的要因だけでなく、素材そのものが化学的に劣化して変化しうるものです。こうしたあらゆる種類の劣化を最大限に遅らせるためには、まず湿度と温度の管理が重要で、ゲーム保存協会の保管室は365日一定の室温と湿度(20度以下湿度60%以下)を保つよう管理されています。一般家庭での管理の場合、特に日本では湿度に気を付けたいところです。

このように管理した状態でも、資料そのもの、そして例えば部屋の中にある収納用の棚、果ては壁や床などあらゆる場所から微量であっても劣化を促進するガスなどが発生しています。そうしたガスから資料を守るのが資料保存に特化した特殊な専用容器です。

本部のゲームアーカイブ

ゲーム保存協会は資料のマイグレーションは技術も知識も豊富ですが、保管に関しては、長年図書館や博物館で保管庫や収蔵用ボックスの作成を行っている保管のプロ、株式会社日本ファイリングさん株式会社資料保存器材さんに保管用ボックスの製作をお願いしています。

磁気メディアの保管に特化した専用ボックスは、中性紙という紙を使ったディスクケースと、劣化を促進するガスを出さず密閉できるボックスの組み合わせでできています。通常の紙は酸性で、これが資料の劣化を促進してしまうため、フロッピーディスクを長期保管するのであれば、まず発売当初につかわれていた紙のエンベロップから取り出し、保管用の中性紙で作られたエンベロップに移し替えます。中性紙は劣化促進のガスを出さず、丈夫で軽く、さらに湿気の管理もしてくれる優れものです。

現在の保存用箱シリーズ

ゲーム保存協会では日本ファイリングさんにお願いし、約3年前に5.25インチのフロッピーディスク120枚がひと箱に収まるタイプの中性紙エンベロップ付き保管ボックスを作り、現在この保管ボックスたちは当協会保管室で大活躍中です。これに続き、今はテープ用の箱も作っており、こちらはひと箱に20個のテープが入ります。今後、3.5インチフロッピーディスクがひと箱70枚入るエンベロップ付き保管ボックスを製作する予定になっています。

テープ資料に関しては保管ボックスの他に、今回特殊なケースをアメリカから注文しました。特殊素材で劣化からテープを守るもので、軽くコンパクト、劣化促進のガスを出さず、テープがケース内で回らないよう固定できるほか、ケース自体の素材にやや弾力があるのでケースの破損も避けることができます。

カセットテープ用保存箱

今回、このテープ用ケース類を大量注文しており、ゲーム保存協会内にまだ幾分か余りがあります。ひと箱に20個のテープが収まる専用保管ボックスと、20個分の専門テープケースがついて、4800円(税込+送料別)です。もし購入希望の方がいらっしゃいましたら、下記までご連絡ください。

連絡先 info@gamepres.org

ゲーム保存協会 Game Preservation Society

ゲーム保存協会のアーカイブとは

なぜゲームにアーカイブが必要なのか

ゲームは今や世界中で親しまれている文化です。私たちはゲームを文化財としてとらえ、ゲーム文化を未来に伝えるために活動を行っています。具体的には、ゲーム資料の収集、技術的に難しいゲーム資料の修復やメンテナンス作業、劣化するデジタルデータのマイグレーション、そしてこうした全資料の保管とアーカイブを日々続けています。

例えば粘土板やパピルスや羊皮紙などを使った古い書物は、千年以上の時がたった今でも、ある程度昔のままの姿を保っており、書かれた文章を読むことができます。しかし、ゲームは、ほんの数十年前に生まれたものでさえ、すでに磁気データが消えて読むことができない、非常にデリケートな資料です。絶滅の危機にある動物を救うのと同じように、ゲーム保存協会は、この消えかけたゲームソフトたちを保護し、息絶える前にマイグレーションをして次世代に残すことを使命として、研究や保存技術の開発にいそしんでいます。

写真:14世紀のコデックスの写本

写真:14世紀のコデックスの写本

 


コレクションの重要性

私たちゲーム保存協会では、ただ自分の思い出を残すためにゲームを保存するというところからワンステップ進み、ゲームという現象が文化的に豊かで興味深い研究対象であることを踏まえて、次世代の文化研究の支えとなるようなデジタルアーカイブや研究用データベースの作成を行っています。どんな分野の研究も、そこに至るまでの歴史をたどる方法、例えば図書館や博物館といった知的財産の蓄積共有の場がなければ豊かにはなりませんが、ゲームがこれから音楽や絵画のように研究されるには、同じように基礎となる資料の蓄積、つまり基となるコレクションが必要なのです。

私たちゲーム保存協会は、日本固有のゲーム資料の収集に意欲的に取り組んできました。最近では海外の図書館や博物館が、国レベルでゲーム資料の収集保存にのりだしており、アーケードやコンシューマーは、海外タイトルはもちろんのこと日本の作品も、海外のアーキビストがコレクションを買い取って自分たちの国できちんとした保管保存を行う動きが顕著になってきています。私たちゲーム保存協会は、こうした海外のアーキビストがまだ手を付けていないジャンル、日本の特殊な事情により廃棄処分され現存資料数が特に少ないものなどを優先的に収集しています。たとえば80年代の日本固有PC機種のために出されたゲームタイトルは海外にはまだあまり知られていません。これらのゲーム資料は、もし私たちがきちんと保存しなければ、完全に歴史の闇に消えてしまうため、積極的にコレクションをしています。

写真:80年代のゲームのパッケージ

写真:80年代のゲームのパッケージ

 

 

 

 

 

 

 


日本の死蔵文化の弊害

さて、ヨーロッパで「コレクション」というと、裕福で文化的教養の高い有力者が私財を投じて文化財を買い集め、それを人々に見せ、次世代に継承することで自らの文化的地位を高める行為を主に指します。この行為はかなり昔から存在しています。例えばドイツのヴォルフェンビュッテルという中世から続く古い侯爵領では、すでに16世紀に、当時の侯爵が古い写本のコレクションをはじめ、それを図書館として一般に公開。現在に至る数百年間、彼のコレクションは中世研究の重要資料として「ヴォルフェンビュッテル」の名のもと多くの研究者に使われてきました。

フランス国立図書館をはじめとした全世界数多くの国立機関とコレクション共有をしているロスチャイルド家なども有名ですが、こうしたコレクターたちは私財を投じて貴重な資料を買うだけではなく、その資料の保管保存にもこだわっていますし(専門の知識を備えたコレクション係を付けルーブル博物館並の管理をしています)、展覧会への貸し出し、図書館や博物館としての一般開放など様々な形でその文化財を活用することにも積極的です。場合によってはアーキビストを育てたり文化研究を活性化するための研究資金の提供もします。正しい資料保管の配慮ができること、一般にそれを見せ地域文化を育成することが、彼らにとってステータスであり、財力を持った一族の義務でもあるという考えがあるからです。

ところが、日本では、こういうタイプのコレクターは少数派です。よく言われるように、日本は死蔵文化で、貴重な品を手に入れたコレクターは、生涯そのコレクションを人に見せることなく手元に隠し置いておくことを美学とするケースが少なくありません。お寺の仏像などが数十年に一度だけ開陳されるように、人々の目に触れることが少ないほど価値が高いと感じる独特の感性があるのかもしれません。奥ゆかしく美しい風習かもしれませんが、研究者や博物館関係者にとってはこれが大きな悩みの種です。特にゲームは、数十年後のご開陳を待てるほど、時間に余裕がないのです!フロッピーディスクは簡単に劣化し、データは死蔵されているうちにあっという間に消えてなくなってしまうのですから。

写真:ゲーム保存協会のコレクションの一部

写真:ゲーム保存協会のコレクションの一部

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ゲーム保存協会のコレクション

というわけで、私たちはヨーロッパのコレクターの意識に近い立ち位置から、自分たちでゲーム資料を集めることにしました。日本では、海外のようにコレクターらが積極的に協力を申し出てよりよい保管のために意見交換をしたり、必要な研究のために資料を貸し出したりする風土がありません。時に困難を極める一部のコレクターとのやり取りに時間を取られるより、積極的に資料の保存保管研究に協力をしてくれる仲間と協力し、足りない分は自分たちで集めた方がはるかに早く確実だとの判断で、大々的な資料収集へと踏み出しました。

最初は協会設立以前から活動を続けていた理事長ルドンのPCゲームを中心とした個人コレクションが全てでしたが、幸いにも同じような考え方でゲーム保存に積極的な複数のコレクターからの協力も得て、現在ゲーム保存協会全体で有するコレクションは、アイテム数約9万点にまで膨らんでいます(資料数には重複あり)。恐らく日本で最も大きなゲームのコレクションでしょう。私たちのコレクションは一般的なコンシューマーのゲームソフトだけではもちろんなく、PC、アーケードなどあらゆるジャンル、特に日本固有の機種、タイトルを多く集めており、ゲーム文化に関連するハード、書籍(雑誌や攻略本、技術書など)、音楽CD、チラシ、関連アートなど、コレクションの種類は多岐にわたります。80年代を中心とした日本独自のゲーム文化を研究したい人にとって必要な現物資料がほぼ全て揃うように、現在もコレクション数を増やしています。

写真:ゲーム保存協会の書斎。所狭しとゲーム雑誌が納められている。

写真:ゲーム保存協会の書斎

 

 

 

 

 

 

 


コレクションの管理

9万点というアイテム数を見ただけでもわかる通り、これは巨大なコレクションです。これだけの大きなコレクションを管理するとなると、二つの大きな問題が浮かび上がります。資料の劣化阻止と、コレクションを活用するためのアーカイビング、つまりどこに何がどういう状態であるのかを把握する作業です。

一般にゲーム保存というと、データを保存する技術的な面に意識が集中しがちですが、実際にゲーム保存協会の活動は、データのマイグレーション技術の発展だけで終わることはありません。まずは基本となる資料を数多く集めなければなりませんし、それを保存するためにも、資料の正しい保管について研究実践し、またそうした資料を多くの人が使いやすいように秩序立てて整備しなければならないのです。一般の博物館や図書館でも、資料を集めること、劣化を防ぐ保管、場合によっては修復作業をすること、そして資料が実際の作業や研究に使えるようどこに何があるのかカタログ化すること、という3つの異なる作業を日々行っていますが、ゲーム保存協会でも、同じことを行っています。


劣化を防ぐ努力

コレクションを保管する上で、ゲームは、紙や羊皮紙と違って資料のマテリアルが多岐にわたることに注意をしなければなりません。例えばゲームソフトであれば、そこにはプラスチック製のケースがあり、紙に印刷されたマニュアルや外カバーがありますし、さらに内部にはフロッピーやテープ、CDなど磁気データを収めた種々のメディアが入っています。資料の劣化を阻止しようと考えた時、このように複数の異なる素材が一緒に入っている時点で、劣化が促進されるのを、皆さんはご存知でしょうか?

そもそもプラスチックと紙と磁気メディアでは、それぞれ保管に適した温度や湿度、条件が違ったりしますし、それぞれの物質は微量ながらも劣化を促進するガスを出していたりします。これらを一緒の状態で保管すれば、当然に悪影響が出るので、保管の理想を考えると、資料はマテリアルごとに分離して、各々適した方法で保管をすべきなのです。

そう、保管のためには、資料を開封し、いったんバラバラにする必要があります。これは多くのコレクターにとって抵抗のある行為かもしれません。高い金額を払って買った未開封のソフトを保管のために開封しようと考えられる人は実際にとても少ないです。でも、例えばコレクションが買った個人を満足させるものではなく、その後に続く世代を育成し、社会を豊かにするものだと考えれば、手元にある資料を開封してでも長期保管に適したやり方で保存することが大切なのです。もちろん未開封等、初期の状態をとどめている資料は、未開封状態がどのようなものであったかなど、きちんと記録を残す必要がありますが、そのままの状態で放置するだけでは、まさに資料の死蔵になってしまい、文化活性の役には立ちません。コレクション管理の基本は、コンサベーション(適切な保管)で、そのために必要なことはどんなことでもします。

写真:保管のために 一つのゲームの中身をバラバラにしたもの

写真:保管のために 一つのゲームの中身をバラバラにしたもの

 

 

 

 

 

 

 


ゲーム・プリザベーション

資料を保管する際、劣化を極力避けて資料を長期の間、よりよい状態に保つための作業をプリザベーションと言いますが、ゲーム保存協会が扱う資料の多くは、これまでそうした長期保管のための作業を誰もしてこなかったもので、どのような作業が必要なのかを新たに研究する必要があります。

例えばディスクに付いたカビは、放置すればさらに劣化を促進してしまうので、掃除をしなければなりませんが、ディスクそのものを傷めずにカビを取るベストな方法を見つけるためには、他分野の科学的研究から情報を拾ったり、実際にカビ取り作業をしてみて資料の状態を観察したりと、想像以上に時間と労力がかかります。

もちろんすべての研究をゲーム保存協会だけで行うことは不可能です。私たちは、各マテリアルに適した保存専用容器の開発については、博物館の資料庫を作ってきた企業に依頼しており、現在当団体の資料は劣化促進をできる限り食い止めるために開発された保管容器に入れられています。

→フロッピーディスクの保管容器についての記事

ゲーム保存協会では、新しい資料が届いたら、資料を開封してマテリアルごとにわけ、それぞれを専用の容器に収納、その後それを収蔵室に移動して適切な棚に安置するのです。

容器を収蔵する部屋の管理にも気を使っています。資料を収蔵する部屋には、劣化の原因になるような余計なものは入れません。さらに温度と湿度を管理し、空気の流れをコントロールすることで、資料を安定した状態で保管できるよう配慮しています。

こうした作業のおかげで、各アイテムの寿命を延ばすことができますし、マテリアルごとに資料を分けることで、収蔵スペースの節約もできるのです。

写真:ゲーム保存協会のメディアルーム

写真:ゲーム保存協会のメディアルーム

 

 

 

 

 

 

 


アーカイブ化の必要性

さて、どんなに適切な形で保管した資料でも、その資料がもともと何で、どこの棚に置いてあるのかわからなければ、使いようがありません。私たちの使命はあくまでもコレクションを未来に託し、文化を活性化すること。ゲーム保存協会では、保管方法の研究と実践をすると同時に、こうした資料のアーカイブ化も行います。

アーカイブ化とは、いわば専門的な「棚卸し」作業です。まずはどんな資料を持っているのか、資料の状態、欠品やイレギュラーな点があるかないかなどをデータベースに入力します。先に述べたように長期保管のために資料はマテリアルごとに分けて適切な保管方法で保管室に入れなければなりません。ソフトであれば、パッケージ、表紙、メディア、マニュアルといった具合にそれぞれ分離しますが、この分離したもの一つ一つに、私たちはQRコードを発行し、データベースに入力していきます。これによって、もともと一組だった資料がばらばらに散逸するのを防ぐことができますし、収蔵した棚番号なども入力していきますので、どこにどの資料があるのか、すぐに調べて出すことができます。

皆さんはドキュメンタリー映像などで、博物館の収蔵室などを見たことがあるのではないでしょうか?あるいは学校の理科室や図書館では、各資料に小さなバーコードや資料名を記すシールなどが貼ってあり、数字や記号で分けられた棚に秩序立てて並べられているのを見たことがあるはずです。ゲーム保存協会のコレクションも同じようにして管理されており、これによって、研究者が必要な資料を見たい時には、データベースで検索し、記された棚から正しい資料を出してくることができるのです。


死蔵ではなく活用へ

現在、ゲーム保存協会では一部のマイコン関連雑誌資料を一般公開しています。

→資料室について 

先にも述べたように、私たちの使命はゲーム資料を未来に託し、真摯な文化研究を応援していくことにあります。集めた資料も、死蔵されては意味がなく、資料を必要とする人の手に届くよう最大限努力すべきだと考えています。

本部の雑誌資料室に続き、上述したような資料の「棚卸し」が終わり次第、マイコン・ゲームの協会アーカイブを公開する予定があります。

公開できるのは9万点に及ぶ巨大なコレクションの一部となるでしょうが、現在、その準備のためにデータベースへの入力、資料の整理と保管庫の整備を進めている最中です。実際のアーカイブ室公開までには、まだまだ長い道のりがあります。

私たちの活動理念やアーカイブ事業に関心を持っていただけたなら、ぜひ経済的支援ご協力をお願いします。私たちは既に相当数のコレクションを持っており、アーカイブに関する専門的知識や作業手順を身に着けたメンバーも数名ボランティアとして活動しています。こうした人とものを活かすためには、安定した活動資金が必須です。例えば劣化を阻止する専用保管箱は、テープ20個が入る大きさのもので約4500円。5インチフロッピー120枚を入れる中性紙封筒のついた専用ケースは約1万2千円です。ゲーム保存協会は活動の公平性を保ちゲーム資料を中立的立場から文化研究のために保存していくために、企業からの助成金などを受けず皆様からの善意の寄付により運営をしています。一人一人の方からの温かいご支援が100年先の文化研究へと繋がるよう、誠意をもって活動を続けておりますので、ぜひ、ご無理のない範囲で、ご協力をお願い申し上げます。

→ご寄附ご参加はこちらから 

 

ゲーム保存協会 理事長

ルドン ジョゼフ