クイックディスクメディアに関する保存技術の開発

ゲーム保存協会では「劣化消滅が近いと思われるゲームの保存」に取り組んでいます。
カートリッジなどで供給されていた半導体メディアやCDなどの光学メディアに対し、フロッピーディスクやカセットテープなどの磁性体メディアで供給されていたゲームの劣化は早急な対策を要する深刻な問題であり、ゲーム保存協会ではこれら磁性体メディアの物理的およびデータ的な保存技術を優先的に研究しています。

■「クイックディスク」とは?
そのような磁性体メディアの一つにミツミ電機が1984年に発表した「クイックディスク」があります。
当時すでに5インチフロッピーディスクなど他の磁性体メディアは存在し、ある程度の普及は認められていましたが、それらは非常に高価であったため、パーソナルユースとしてはカセットテープによるデータ保存が一般的でした。
そこへ徹底したコスト追求のもと開発を行いOEMで7000円の供給という低価格ドライブとしてクイックディスクは発売されました。
SharpのMZ-1500やMSX用の外付けドライブとして国内パソコンに採用され、MZ-1500では意欲的にゲームなどが移植、発売されることとなりました。
しかしながら他のメディアと互換性がないことや、5インチなどのフロッピーディスクがドライブ、メディアとも低価格で提供される時代へ変化し、残念ながら広く普及するメディアにはなれませんでした。

一方で、クイックディスクは広く普及しなかったこと、またドライブやメディアの情報が少ないことから、「コピーが困難なメディアでもある」という強みがありました。これらのことから1986年にファミリーコンピュータ ディスクシステムとしても採用されたという話もあります。当時もっとも売れていたコンシューマー機の周辺機器として発売されたことで、クイックディスクのマーケットが急速に拡大しました。
しかしカートリッジに使用されるROMの大容量化と低価格化が進むにつれ、扱いの容易さや速度の優位性などからROMカートリッジが普及することとなり、次第に衰退しました。

このようにクイックディスクは短い期間ではありましたが数多くのゲームが供給され、日本のゲーム保存の上で避けては通れないメディアです。現在ではその供給は終了しており、資料が少なく、保存研究は困難な状況にありました。

■保存方法とその背景
クイックディスクに使用されている素材は、一般のフロッピーディスクと変わらない磁性体であるため、物理的な長期保存の方法は、フロッピーディスクと同様と考えられます。
そうなると、フロッピーディスクと同じく、温度、湿度によってはカビが発生するため、紙によるスリーブ とは別に保存した方が、長期保存には優れています。これらの注意は以前にも報告させていただいております。リンク先を参照ください。
またコンシューマゲームに供給されていたことにより、その対象が子供向けであったため、扱われ方によって生じた傷などの損傷が多く見られます。
後年では、メディア保護が可能なシャッター構造を持ったディスクも使用されましたが、大半はメディアがむき出しのディスクであり、容易に汚れや破損が発生してしまう構造でした。
またパソコン用のソフトウェアは流通量が少なく、非常に収集が困難なジャンルの一つです。
このような状況からクイックディスクのデータ保存は急務として、数年前より対応を模索していました。

デジタルデータの保存に関しての状況は、1998年にエミュレータでの使用を目的としたイメージ形式が広く普及した後は、発展がない状態が続いていました。
このイメージ形式はエミュレータとしての使用には有用でしたが、プログラムやデータ部分のみを抜き出したバイナリデータのため、多くのデータが欠落しており 、文化財として後世に残すことを目的とした保存には精度が低く、到底精度の及ばないものでした。さらに多く流布しているデータには所有者によるゲーム進行状況などのセーブデータが混在しており、未使用なオリジナルディスク からの保存は、ほとんどなされていない状況でした。
このような背景により、ピュアなオリジナルデータの保存を最終目標とし、新しいデータ保存技術の開発や、ファミリーコンピュータディスクシステム用に発売されたゲームを新品未開封状態で収集する活動も、ゲーム保存協会メンバー有志 によって開始されました。

■保存技術の進展
「クイックディスク」のデジタル保存方法は、当初はフロッピーディスクの保存方法として当協会でも推奨しているKryoFlux(http://www.kryoflux.com/)の機能を拡張する形でSoftware Preservation Society(http://www.softpres.org/)と対応を検討していました。しかしKryoFluxの開発・研究は一般的なフロッピーディスクを優先しており、クイックディスクへの対応は時間を要するという結論となりました。同じころアメリカで同様の活動を行っている人物が存在していると情報を得ましたが、明らかな報告もなく、そのプロジェクトは消滅してしまいました。そのため協会自ら、目的とする精度のデジタル保存が可能なデバイスを開発する必要があると考え、メンバーによって研究・開発を行いました。

まず資料の整理と、サンプルとしてのドライブやディスクを収集しました。国内パソコン向けの機器やメディアは収集が困難であったため、現在でも多くのサンプルが存在しているファミコンディスクシステムを中心に調査を開始しました。
クイックディスクに関する資料は非常に少なく、その制御信号などは手探りで調査することとなりました。
また、ドライブもほとんどのものがベルトの交換などが必要であり、その方法によっては読み込みができなくなってしまうため、正しい調整方法も検討が必要でした。調整方法やドライブのバージョン違い、劣化の程度によって、出力されるデータにかなりバラつきがあることもわかりました。
過去の有志によるファミコンディスクシステムの調査結果はかなり参考になりましたが、そもそもの情報が正しいかを検討する必要があり、それらの情報の正当性を評価しました。

また、「どのようなデータ形式でデータを収集するべきか」も検討が必要でした。過去の雑誌に掲載された、古いPCを利用したファミコンディスクシステムの読み込み方法があれば、そのシステムをすべて再現して、どのようなデータなのか確認して、検討 を行いました。その他にも既存の読み込みツールを可能な限り収集、作成してデータの検討を行いました。


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写真左「バックアップ活用テクニック10号」に掲載されたPC-8801シリーズ用ディスクシステムのReader/Writerの記事
写真右:実際のReader/Writerボード写真


結果として、それらは目指しているものには、遠いものでした。ただのバイナリデータではなく、ノイズや書き込みの有無なども評価できるデータ形式を選択する必要があったためです。最終的にドライブから出力されるパルス間隔の時間評価を行い、いわゆるタイムカウント方式としてrawデータを収集する形が最も正確にデータ収集可能であると考えました。

■データ読み込みから得られたもの
これらの情報をベースにゲーム保存協会は、デジタル保存用デバイスのプロトタイプ制作を行い ました。プロトタイプが完成し、データの読み込みが可能となったのが2013年の暮れでした。
出力されたデータを見てみると様々なことがわかりました。各ブロックの終了位置にはノイズがありました。これはCDのようなDiscAtOnceでの書き込みを行わず、ブロックごとに書き込み制御を行う形でマスタリングがなされている可能性が示唆されました。またデータ終了後には、全くパルスのないNullデータのディスクと最後まで一定のパルスが書き込まれているディスクがありました。それはメーカーによって異なる傾向があるようでした。
さらに当時のコピーツールでコピーしたディスク、既存の読み込みや書き込みのツールによって作成されたディスクとオリジナルを区別する方法も、次第に理解できるようになりました。

このrawデータを元にバイナリデータへの変換を行い、一部のソフトに見られた特殊なコピープロテクトについても詳細な調査が可能となりました。従来のイメージ形式の仕様上、特殊なコピープロテクトが存在するディスクの再現は不可能であることがわかりました。

同時に、得られたデータの正当性を証明する方法やリマスター方法を模索するため、書き込みを行って評価することも行いました。
これは比較的容易に作成可能でしたが、書き込みを行ったディスクとオリジナルを比較すると、更に問題がわかりました。オリジナルのディスクには、データの入出力が可能となるReady信号の範囲外にもデータが存在していたのです。


R1-QDon

R1-QDoff

写真上:Ready信号ON
写真下:Ready信号OFFの画面

※画面のシグナル上はReady信号、下はReadData。
Ready信号の有効範囲外にもパルスが出力されている。


改良を重ねることで、この範囲のデータを読み込むことは可能となりましたが、正しく書き込むためにはドライブの改造が必要でした。何故なら、マスタリングに使用されているドライブは、「一般に販売されたものとは全く異なるものである可能性が高い」と考えられたからです。

■保存作業の進展
この段階で、メンバーによって収集された未使用のオリジナルのディスクからのデータ保存作業に着手しました。全てのディスクを読み込むために数カ月を要しましたが、現在は完了しています。そしてそれらから、既知のデータベースとは異なったバージョン違いのゲームや分類の誤りがいくつも見つかりました。

次に、MZ-1500に対応するべく、デジタル保存用デバイスの改良を行いました 。当初、WriteGate信号の論理がファミコンディスクシステムと反対であることに気づかず、サンプルのディスクを消去してしまうという失敗などもありました。twitterでの繋がりからドライブやファイル構造の情報提供をいただき、開発を行うことができました。得られたデータを過去の資料と比較すると、過去の資料はこれらのMZ-1500やMSX用に提供されたドライブに関するもので、ファミコンディスクシステムはその書き込み周波数などが独自のものであることなどもわかりました。
現在、MZ-1500用のゲームディスクの保存を行っていますが、プロテクトを独自に解析し、埋もれてしまった歴史を少しずつ紐解いています。

■今後の展望
デバイスの改良も継続し、将来のメデイアやドライブの物理的劣化による破損や故障時にも動作可能とするべく、ドライブエミュレーションを行う機能も実装できました。更に現在ではリマスターが可能な書き込み機能の実装をドライブの改良なども含め、開発を継続しています。

今回開発した技術を利用して、今後も様々な機種のクイックディスクメディアを保存していきたいと考えていますが、MZ-1500やMSXなどのソフトウェアは現存する実物も少なく、多くの有志による協力が必要と考えられます。
これらの保存活動に対しましてさらなる協力者を募るとともに、この経験を活かして次の保存活動へ発展させていく考えです。
クイックディスクで供給されたMZ-1500やMSXのソフトウェアをお持ちの方で、情報提供が可能な方は、保存活動にご協力 いただけますようお願い申し上げます。

ゲーム保存協会 福田

NPO法人ゲーム保存協会恒例イベント

心もせわしい年の暮れ、いかがお過ごしでしょうか。
本日はまず来年1月に開催するイベントについてのお知らせです。

【日時】 2015年1月31日(土)
     13:30~16:30
【場所】 てくのかわさき 第1研修室
     川崎市高津区溝口1-6-10
JR南武線「武蔵溝ノ口駅」北口、東急田園都市線「溝の口駅」より徒歩5分溝の口駅 徒歩5分
http://zai-roudoufukushi-kanagawa.or.jp/tekuno-floor.html

【内容】 フロッピーの保存作業と誰にでもできる分析!
     ぜひ、あなたの思い入れあるフロッピーを1枚お持ちください!

2015年も引き続き、みなさんと一緒に実際に資料を使いながら保存に必要なテクニックをお見せしていくアトリエ形式のイベントを行っていきます。フロッピー資料の高精度保存のノウハウはゲーム保存協会の十八番の一つ、今回は分析についてもお話ししていきま。参加無料でどなたでもお入りいただけますので、ぜひ博物館レベルの保存作業の実態をご自身の目でお確かめください♪

新年、皆さんと会場でお会いするのを一同心よりお待ちしております。

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■事務所お引越しのお知らせ■

日頃はNPO法人ゲーム保存協会に温かいご声援を頂き、誠にありがとうございます。
2011年より東京都江戸川区を拠点に活動を続けてきた当協会ですが、
このたび事務所が移転致しましたので、遅ればせながら皆様にお知らせ申し上げます。
新たな事務所は東京都世田谷区、多摩川をのぞむ自然豊かな地区です。
今後はここから、全国の協会メンバーと連携を取り、ゲーム保存事業の最前線について皆様にお知らせしていきます。
ゲーム研究を行う人々にとっての情報共有地となれれば、との思いで現在、図書室の整備も進めております。
どうぞ今後ともNPO法人ゲーム保存協会を、よろしくお願いいたします。  

                NPO法人ゲーム保存協会
             東京都世田谷区等々力8-19-1 椎の木山ガーデンテラスC号
                 理事長 ルドン ジョゼフ

仏大手新聞社にて当団体が紹介されました

ゲーム保存協会と理事長ジョゼフの日々の活動の様子が、フランス大手新聞社ル・モンドで記事として紹介されました。
テクノロジーに関するニュースを掲載するデジタル版ル・モンド2014年7月17日の記事です。
今回は、このフランス語の記事を翻訳してご紹介いたします。
記事のための取材を受けたのは昨年夏で、協会のメンバー数など記事に書かれている内容は昨年夏の情報のままとなっております。

日本にて、ゲーム保存技術者とともに

 ある団体が、日本の初期のゲームを保存する長く困難な作業に乗り出した。

 「もし何もしなかったら、全てが消えてなくなる運命なのです」、彼の地に移住して13年になるジョゼフ・ルドンは語る。彼は幼い頃から日本のビデオゲームに魅了されてきた。家庭用ゲーム(特にPCエンジン)のみならず、アーケードゲーム(ゲームそのものや筐体などの機器全般)にも関心を寄せており、16歳でパリに出てきたのだが、生まれ故郷エヴィアンにいる頃からすでにゲームは彼にとって第一の関心事だった。日本に行きたいという子供の頃からの夢を実現し2000年に日本にやってきたのだが、その動機は日本のゲームの歴史を研究するためであり、特に日本列島から一度も外に出されたことのないゲーム-ほぼ全ての日本のパソコン用ゲーム-を研究するためだった。
 来日してほどなく、日本では自国のポップカルチャーの保存に十分な関心が払われていないことを知り衝撃を受けた。特にゲームは保存すべき価値があるものとは認識されておらず、1970年代や1980年代の初期のゲーム機の多くが残っていないことを知ったのだ。またその当時使われていた記憶媒体(フロッピーディスクやカセットテープ)は、日本の厳しい気候条件(特に夏は湿度が100%近くに達する)もあり、良好な状態を保つことは困難に思われた。公共機関も民間団体も、ゲームの保存事業に乗り出している様子はみられなかった。
 さらに残念なことに、日本のコレクターの中には保存事業に懐疑的で、自身のコレクションを公にしたくないという考え方も珍しくなかった。これはよくある日本の価値観の一つだが、秘蔵されあまり知られていないレアなものほど、その持ち主にとって高い価値を生み出すという考え方であり、コレクターはしばしばこうした考え方で自身のコレクションを非公開にしておくのだ。それでも、ジョゼフ・ルドンは同じようなゲーム保存の理念を持って日本の文化遺産を保存する必要を感じる日本人、福田と出会った。こうして2011年に彼らはともに『ゲーム保存協会』という、ゲーム保存を目的とした非営利団体を立ち上げたのだ。


写真:東京の住宅地の借家で、ジョゼフは大切にゲームを保管している


写真:協会のラボの一部


写真:協会の建物にある保管室はすでに手狭となってきている


写真:保管容器


写真:ゲーム保存協会がある建物の各部屋には温室時計が壁にかけられている


写真:レアもののスーパーマリオ

 現在この協会には16名のメンバーがいる。第一の狙いはまず、この多種多様な文化を余すことなく正確に記録すること。そして次に、いまだ動作する希少な純正の遺物を収集することだ。東京の住宅地の一角に構えられたラボでおこなわれている彼らの研究で特に印象深いのは、劣化し消滅しつつある古いゲームの保存に用いられる技術の全てである。これらは非常に困難な作業だ。ジョゼフと福田の二人は、よくあるコピー品ではなく完全なオリジナルのみ保存することを絶対のルールとしている。彼らはこうしたゲームを分析・解析し、すでに忘れ去られたテクノロジーについて記録を残し、オリジナルの機器類をデジタル文明黎明期の遺物を探る考古学者のように修復保存する。


写真:ゲーム保存協会はゲームのパッケージや説明書などの保存活動もおこなっている


写真:協会メンバーの一人、松原圭吾は、日本のゲームに関連する全ての書籍と雑誌をコレクションしている


写真:協会の書籍と雑誌のコレクションの一部


写真:大型ゲームセンターの傍らで、レトロゲームを扱うゲームセンターは懐古趣味をもつ日本人を惹きつける


写真:貴重なお宝を求め、ジョゼフは日々、中古屋を巡り歩く


写真:理事の一人である小林正国は、自らも中古販売の会社を立ち上げており、資料の収集をおこなっている


写真:ゲーム保存協会のラボでは保存作業ができる専門の技術者を集めているが、それだけでなくこれから技術を学びたいと考える意欲的な人々も集まってくる


写真:関連会社はすでになく、基板や関連機器は全て、手作業で復元される


写真:カセットテープ版のゲームが入った箱

 こうした活動の中で彼らが誇りに思うような成果も出ている。たとえば秋葉原にあるレトロゲームが遊べるゲームセンター『ナツゲーミュージアム』に行き、デコカセ(データイースト社が1980年代に開発したシステム)と呼ばれる、彼らが修復に成功したゲームで遊ぶことは彼らが誇れる成果の一つだ。「愛着を持って修復するんだ、あたかも1920年代のレトロカーBugattiを修復するようにね」、ジョゼフは語る。ニューヨークの近代美術館によるビデオゲーム・コレクションの購入は、彼らがライフワークと捉えているゲーム保存活動の追い風だ。ジョゼフはしばしば、浮世絵を例に挙げる。この『浮世を写す絵』は、西洋人がコレクションをはじめるまで日本では保存すべきものとは考えられていなかった。しかし今日、浮世絵は国宝と考えられるようになっている。


写真:ジョゼフは、ゲーム保存協会が修復したデコカセを置くナツゲーミュージアムに、しばしば遊びに行く


写真:多くの若い世代には忘れ去られているが、古いゲームは秋葉原のいくつかのゲームセンターで遊ぶことができ、懐古趣味をもつ日本人を魅了している


写真:名古屋近郊のジェネシスというバーには、レトロゲームマニアが集まる

元の記事:Au Japon, avec les conservateurs de jeux vidéo
記者:Nicolas Datiche