なぜゲームにアーカイブが必要なのか
ゲームは今や世界中で親しまれている文化です。私たちはゲームを文化財としてとらえ、ゲーム文化を未来に伝えるために活動を行っています。具体的には、ゲーム資料の収集、技術的に難しいゲーム資料の修復やメンテナンス作業、劣化するデジタルデータのマイグレーション、そしてこうした全資料の保管とアーカイブを日々続けています。
例えば粘土板やパピルスや羊皮紙などを使った古い書物は、千年以上の時がたった今でも、ある程度昔のままの姿を保っており、書かれた文章を読むことができます。しかし、ゲームは、ほんの数十年前に生まれたものでさえ、すでに磁気データが消えて読むことができない、非常にデリケートな資料です。絶滅の危機にある動物を救うのと同じように、ゲーム保存協会は、この消えかけたゲームソフトたちを保護し、息絶える前にマイグレーションをして次世代に残すことを使命として、研究や保存技術の開発にいそしんでいます。
写真:14世紀のコデックスの写本
コレクションの重要性
私たちゲーム保存協会では、ただ自分の思い出を残すためにゲームを保存するというところからワンステップ進み、ゲームという現象が文化的に豊かで興味深い研究対象であることを踏まえて、次世代の文化研究の支えとなるようなデジタルアーカイブや研究用データベースの作成を行っています。どんな分野の研究も、そこに至るまでの歴史をたどる方法、例えば図書館や博物館といった知的財産の蓄積共有の場がなければ豊かにはなりませんが、ゲームがこれから音楽や絵画のように研究されるには、同じように基礎となる資料の蓄積、つまり基となるコレクションが必要なのです。
私たちゲーム保存協会は、日本固有のゲーム資料の収集に意欲的に取り組んできました。最近では海外の図書館や博物館が、国レベルでゲーム資料の収集保存にのりだしており、アーケードやコンシューマーは、海外タイトルはもちろんのこと日本の作品も、海外のアーキビストがコレクションを買い取って自分たちの国できちんとした保管保存を行う動きが顕著になってきています。私たちゲーム保存協会は、こうした海外のアーキビストがまだ手を付けていないジャンル、日本の特殊な事情により廃棄処分され現存資料数が特に少ないものなどを優先的に収集しています。たとえば80年代の日本固有PC機種のために出されたゲームタイトルは海外にはまだあまり知られていません。これらのゲーム資料は、もし私たちがきちんと保存しなければ、完全に歴史の闇に消えてしまうため、積極的にコレクションをしています。
写真:80年代のゲームのパッケージ
日本の死蔵文化の弊害
さて、ヨーロッパで「コレクション」というと、裕福で文化的教養の高い有力者が私財を投じて文化財を買い集め、それを人々に見せ、次世代に継承することで自らの文化的地位を高める行為を主に指します。この行為はかなり昔から存在しています。例えばドイツのヴォルフェンビュッテルという中世から続く古い侯爵領では、すでに16世紀に、当時の侯爵が古い写本のコレクションをはじめ、それを図書館として一般に公開。現在に至る数百年間、彼のコレクションは中世研究の重要資料として「ヴォルフェンビュッテル」の名のもと多くの研究者に使われてきました。
フランス国立図書館をはじめとした全世界数多くの国立機関とコレクション共有をしているロスチャイルド家なども有名ですが、こうしたコレクターたちは私財を投じて貴重な資料を買うだけではなく、その資料の保管保存にもこだわっていますし(専門の知識を備えたコレクション係を付けルーブル博物館並の管理をしています)、展覧会への貸し出し、図書館や博物館としての一般開放など様々な形でその文化財を活用することにも積極的です。場合によってはアーキビストを育てたり文化研究を活性化するための研究資金の提供もします。正しい資料保管の配慮ができること、一般にそれを見せ地域文化を育成することが、彼らにとってステータスであり、財力を持った一族の義務でもあるという考えがあるからです。
ところが、日本では、こういうタイプのコレクターは少数派です。よく言われるように、日本は死蔵文化で、貴重な品を手に入れたコレクターは、生涯そのコレクションを人に見せることなく手元に隠し置いておくことを美学とするケースが少なくありません。お寺の仏像などが数十年に一度だけ開陳されるように、人々の目に触れることが少ないほど価値が高いと感じる独特の感性があるのかもしれません。奥ゆかしく美しい風習かもしれませんが、研究者や博物館関係者にとってはこれが大きな悩みの種です。特にゲームは、数十年後のご開陳を待てるほど、時間に余裕がないのです!フロッピーディスクは簡単に劣化し、データは死蔵されているうちにあっという間に消えてなくなってしまうのですから。
写真:ゲーム保存協会のコレクションの一部
ゲーム保存協会のコレクション
というわけで、私たちはヨーロッパのコレクターの意識に近い立ち位置から、自分たちでゲーム資料を集めることにしました。日本では、海外のようにコレクターらが積極的に協力を申し出てよりよい保管のために意見交換をしたり、必要な研究のために資料を貸し出したりする風土がありません。時に困難を極める一部のコレクターとのやり取りに時間を取られるより、積極的に資料の保存保管研究に協力をしてくれる仲間と協力し、足りない分は自分たちで集めた方がはるかに早く確実だとの判断で、大々的な資料収集へと踏み出しました。
最初は協会設立以前から活動を続けていた理事長ルドンのPCゲームを中心とした個人コレクションが全てでしたが、幸いにも同じような考え方でゲーム保存に積極的な複数のコレクターからの協力も得て、現在ゲーム保存協会全体で有するコレクションは、アイテム数約9万点にまで膨らんでいます(資料数には重複あり)。恐らく日本で最も大きなゲームのコレクションでしょう。私たちのコレクションは一般的なコンシューマーのゲームソフトだけではもちろんなく、PC、アーケードなどあらゆるジャンル、特に日本固有の機種、タイトルを多く集めており、ゲーム文化に関連するハード、書籍(雑誌や攻略本、技術書など)、音楽CD、チラシ、関連アートなど、コレクションの種類は多岐にわたります。80年代を中心とした日本独自のゲーム文化を研究したい人にとって必要な現物資料がほぼ全て揃うように、現在もコレクション数を増やしています。
写真:ゲーム保存協会の書斎
コレクションの管理
9万点というアイテム数を見ただけでもわかる通り、これは巨大なコレクションです。これだけの大きなコレクションを管理するとなると、二つの大きな問題が浮かび上がります。資料の劣化阻止と、コレクションを活用するためのアーカイビング、つまりどこに何がどういう状態であるのかを把握する作業です。
一般にゲーム保存というと、データを保存する技術的な面に意識が集中しがちですが、実際にゲーム保存協会の活動は、データのマイグレーション技術の発展だけで終わることはありません。まずは基本となる資料を数多く集めなければなりませんし、それを保存するためにも、資料の正しい保管について研究実践し、またそうした資料を多くの人が使いやすいように秩序立てて整備しなければならないのです。一般の博物館や図書館でも、資料を集めること、劣化を防ぐ保管、場合によっては修復作業をすること、そして資料が実際の作業や研究に使えるようどこに何があるのかカタログ化すること、という3つの異なる作業を日々行っていますが、ゲーム保存協会でも、同じことを行っています。
劣化を防ぐ努力
コレクションを保管する上で、ゲームは、紙や羊皮紙と違って資料のマテリアルが多岐にわたることに注意をしなければなりません。例えばゲームソフトであれば、そこにはプラスチック製のケースがあり、紙に印刷されたマニュアルや外カバーがありますし、さらに内部にはフロッピーやテープ、CDなど磁気データを収めた種々のメディアが入っています。資料の劣化を阻止しようと考えた時、このように複数の異なる素材が一緒に入っている時点で、劣化が促進されるのを、皆さんはご存知でしょうか?
そもそもプラスチックと紙と磁気メディアでは、それぞれ保管に適した温度や湿度、条件が違ったりしますし、それぞれの物質は微量ながらも劣化を促進するガスを出していたりします。これらを一緒の状態で保管すれば、当然に悪影響が出るので、保管の理想を考えると、資料はマテリアルごとに分離して、各々適した方法で保管をすべきなのです。
そう、保管のためには、資料を開封し、いったんバラバラにする必要があります。これは多くのコレクターにとって抵抗のある行為かもしれません。高い金額を払って買った未開封のソフトを保管のために開封しようと考えられる人は実際にとても少ないです。でも、例えばコレクションが買った個人を満足させるものではなく、その後に続く世代を育成し、社会を豊かにするものだと考えれば、手元にある資料を開封してでも長期保管に適したやり方で保存することが大切なのです。もちろん未開封等、初期の状態をとどめている資料は、未開封状態がどのようなものであったかなど、きちんと記録を残す必要がありますが、そのままの状態で放置するだけでは、まさに資料の死蔵になってしまい、文化活性の役には立ちません。コレクション管理の基本は、コンサベーション(適切な保管)で、そのために必要なことはどんなことでもします。
写真:保管のために 一つのゲームの中身をバラバラにしたもの
ゲーム・プリザベーション
資料を保管する際、劣化を極力避けて資料を長期の間、よりよい状態に保つための作業をプリザベーションと言いますが、ゲーム保存協会が扱う資料の多くは、これまでそうした長期保管のための作業を誰もしてこなかったもので、どのような作業が必要なのかを新たに研究する必要があります。
例えばディスクに付いたカビは、放置すればさらに劣化を促進してしまうので、掃除をしなければなりませんが、ディスクそのものを傷めずにカビを取るベストな方法を見つけるためには、他分野の科学的研究から情報を拾ったり、実際にカビ取り作業をしてみて資料の状態を観察したりと、想像以上に時間と労力がかかります。
もちろんすべての研究をゲーム保存協会だけで行うことは不可能です。私たちは、各マテリアルに適した保存専用容器の開発については、博物館の資料庫を作ってきた企業に依頼しており、現在当団体の資料は劣化促進をできる限り食い止めるために開発された保管容器に入れられています。
→フロッピーディスクの保管容器についての記事
ゲーム保存協会では、新しい資料が届いたら、資料を開封してマテリアルごとにわけ、それぞれを専用の容器に収納、その後それを収蔵室に移動して適切な棚に安置するのです。
容器を収蔵する部屋の管理にも気を使っています。資料を収蔵する部屋には、劣化の原因になるような余計なものは入れません。さらに温度と湿度を管理し、空気の流れをコントロールすることで、資料を安定した状態で保管できるよう配慮しています。
こうした作業のおかげで、各アイテムの寿命を延ばすことができますし、マテリアルごとに資料を分けることで、収蔵スペースの節約もできるのです。
写真:ゲーム保存協会のメディアルーム
アーカイブ化の必要性
さて、どんなに適切な形で保管した資料でも、その資料がもともと何で、どこの棚に置いてあるのかわからなければ、使いようがありません。私たちの使命はあくまでもコレクションを未来に託し、文化を活性化すること。ゲーム保存協会では、保管方法の研究と実践をすると同時に、こうした資料のアーカイブ化も行います。
アーカイブ化とは、いわば専門的な「棚卸し」作業です。まずはどんな資料を持っているのか、資料の状態、欠品やイレギュラーな点があるかないかなどをデータベースに入力します。先に述べたように長期保管のために資料はマテリアルごとに分けて適切な保管方法で保管室に入れなければなりません。ソフトであれば、パッケージ、表紙、メディア、マニュアルといった具合にそれぞれ分離しますが、この分離したもの一つ一つに、私たちはQRコードを発行し、データベースに入力していきます。これによって、もともと一組だった資料がばらばらに散逸するのを防ぐことができますし、収蔵した棚番号なども入力していきますので、どこにどの資料があるのか、すぐに調べて出すことができます。
皆さんはドキュメンタリー映像などで、博物館の収蔵室などを見たことがあるのではないでしょうか?あるいは学校の理科室や図書館では、各資料に小さなバーコードや資料名を記すシールなどが貼ってあり、数字や記号で分けられた棚に秩序立てて並べられているのを見たことがあるはずです。ゲーム保存協会のコレクションも同じようにして管理されており、これによって、研究者が必要な資料を見たい時には、データベースで検索し、記された棚から正しい資料を出してくることができるのです。
死蔵ではなく活用へ
現在、ゲーム保存協会では一部のマイコン関連雑誌資料を一般公開しています。
→資料室について
先にも述べたように、私たちの使命はゲーム資料を未来に託し、真摯な文化研究を応援していくことにあります。集めた資料も、死蔵されては意味がなく、資料を必要とする人の手に届くよう最大限努力すべきだと考えています。
本部の雑誌資料室に続き、上述したような資料の「棚卸し」が終わり次第、マイコン・ゲームの協会アーカイブを公開する予定があります。
公開できるのは9万点に及ぶ巨大なコレクションの一部となるでしょうが、現在、その準備のためにデータベースへの入力、資料の整理と保管庫の整備を進めている最中です。実際のアーカイブ室公開までには、まだまだ長い道のりがあります。
私たちの活動理念やアーカイブ事業に関心を持っていただけたなら、ぜひ経済的支援ご協力をお願いします。私たちは既に相当数のコレクションを持っており、アーカイブに関する専門的知識や作業手順を身に着けたメンバーも数名ボランティアとして活動しています。こうした人とものを活かすためには、安定した活動資金が必須です。例えば劣化を阻止する専用保管箱は、テープ20個が入る大きさのもので約4500円。5インチフロッピー120枚を入れる中性紙封筒のついた専用ケースは約1万2千円です。ゲーム保存協会は活動の公平性を保ちゲーム資料を中立的立場から文化研究のために保存していくために、企業からの助成金などを受けず皆様からの善意の寄付により運営をしています。一人一人の方からの温かいご支援が100年先の文化研究へと繋がるよう、誠意をもって活動を続けておりますので、ぜひ、ご無理のない範囲で、ご協力をお願い申し上げます。
→ご寄附ご参加はこちらから
ゲーム保存協会 理事長
ルドン ジョゼフ