ゲーム保存協会 Game Preservation Society

ハードウエアの保存とエミュレーション技術について

■ご挨拶

ゲーム保存協会の堀井です。

このページをご覧の方はご存知だと思いますが、当協会は名前の通りゲームの保存、その中でもマイクロプロセッサを使ったゲームの保存にスポットを当てて活動しており、ゲームソフトだろうがゲーム機だろうがパソコンだろうが、可能な限り欠かすことなく、保存し未来に残していくことをポリシーとして、日々活動しています。

今回は、その保存する手法の一つである「エミュレーション」という技術について、お話してみようと思います。

 

■ソフトウエアとハードウエア

一部の例外※を除けば、ゲームはゲームのプログラムが書かれたアプリケーション側であるソフトウエアと、そのソフトウエアを走らせるハードウエアに分けて考えることができます。

物理的な回路で作られている部分がハードウエア、その上で動くプログラムがソフトウエアで、もし音楽に例えることが許されるなら、楽譜がソフトウエア、楽器がハードウエアに当たると思います。

 

録音技術が普及する以前、楽譜と楽器を組み合わせて残していくことで、人が音楽を伝え続けてきた様に、ゲームもソフトウエアとハードウエアを残していく事ができれば、ゲームを体験する環境そのものを未来に伝えていくことが可能になる筈です。

今回お話する「エミュレーション」という手法は楽器側、即ちハードウエアを保存していく手法の一つになります。

※最初期のゲームは回路そのものでゲームのロジックを記述していました。

 

■ハードウエアを残す手段とエミュレーション

ハードウエアの保存は、当時リリースされていた実物をメンテナンスしつつ残す方法や互換性をもったハードウエアを製作する等がありますが、後者の旧世代のハードウエアのアプリケーションを動かす仕組みを上位互換機能といいます。

MSX2でMSX1のゲームを、PlayStation2でPlayStationのゲームを遊んだりした経験がある方も多いと思いますが、新しいハードウエアの中に旧来のハードウエアと同等のものを組み込み、その部分を使って、以前のハードウエアに向けて書かれたゲームを含めたソフトウエアを動作させる手法で、これらがハードウエアによる上位互換という仕組みです。

対して、エミュレーションというのは、ハードウエアの構造をソフトウエアとして記述し再現する技術です。

近年ではハードウエアの仮想化などという言葉で耳にした方も多いかもしれませんし、ゲーム機に於いてもハードウエアによる上位互換機能ではなく、エミュレーションソフトウエアによるソフトウエアでの上位互換機能を実現している事例もある様です。

 

■エミュレーションという技術について

エミュレーションという技術は、簡単にいえばターゲットマシンのハードウエアの機能をソフトウエア化して代替する手法です。

ターゲットマシンに搭載されているプロセッサ周り、画像表示や音源、各種I/O等をソフトウエア化し、ターゲットマシン上で動いている筈のアプリケーションソフトがターゲットマシンに対して行う各種アクセスをエミュレーションソフトウエア側で受け取り、適切な処理を返し、あたかも実際のターゲットマシンがその場にあるかのような振る舞いをします。

また、エミュレーションソフトウエアの場合、ターゲットマシンのソフトウエアを何かしらの方法でハードディスク等の別のメディアに移して実行される事が多いですが、通常ターゲットマシンの挙動を可能な限り厳密に再現する実装を行うので、エミュレーターを実行しているマシンに、USB等を使った何らかの形でFDDやROMスロット等のデバイスを装着した場合、ターゲットマシンの実ゲームソフトを直接実行する様に作る事も可能です。

 

■可能になること、ならないこと

実機を維持できる事が理想ではありますが、部品調達等の事情で維持が困難になった場合の次善の案として、エミュレーションによる代替環境の構築は大きな選択肢になるだろうと私は考えています。

更にソフトウエアで構築されているので、移植作業という手間こそ伴うものの、未来のハードウエアで動かす事も現実的です。エミュレーションソフトを移植せずとも、動いていたハードウエアを未来のハードウエア上でエミュレーションすれば、多段重ねのエミュレーションで同じ結果を得る事も理論上可能です。

ですが、この手法で万全かと言われるとそうではなく、実機と全く同じ挙動をするエミュレーションソフトウエアを作ろうした場合、実機に搭載されている数々のデバイスの詳細な仕様書や回路図はもちろんのこと、実機と照らし合わせたそれらの資料についての検証も必要になり、万全と思えるところに至るには膨大な作業を必要とします。

その上、ある程度の再現を目指してエミュレーションソフトウエアを書く場合でも大雑把に実機のパフォーマンスに比して10倍程度の演算資源が必要となります。

また、エミュレーション環境を整えることができたとしても、アウトプットの環境は常に変わっていきます。大きなところでいえば、ここ10年でブラウン管のモニターは激減しましたし、液晶パネルの質も大きく向上しました。

ブラウン管へのアナログ入力による滲みを前提に表現された絵や、液晶パネルの反応速度の遅さを逆手にとった表現を、今日、目にすることは容易ではありません。

駆け足ではありますが、以上がエミュレーションという手法の枠組みになります。

私は、エミュレーションという技術のこれらメリットデメリットを踏まえても、日々台数が失われていく一方のハードウエアの保存という目的に対しては、恩恵の方が断然大きいと考えています。

 

■最後に

つらつらと勢いにまかせて書いてみましたが、如何でしたでしょうか?

年間を通して公私の区別なく日々エミュレーション技術に触れている私ですが、実機そのものの維持ではない仮想化という手法でハードウエアを保存するにしても、ハードウエアを構成する膨大な資料をしっかり集めて検証していかない事には仮想化でハードウエアを残すことすらままならないという、なんとも当たり前で大きな課題に戦慄する毎日を送っています。

特にアーケードゲーム機や家庭用ゲーム機のハードウエアは、汎用部品ではなく、それぞれ固有のデバイスを設計し、それらを組み合わせて作られている事も多く、調査や資料の収集は一筋縄ではいきません。

高い山ではありますが、少しずつでも調査収集を進めていきたいと思っています。

ハードウエアを修理するにしても、エミュレーションソフトウエアを書くにしても、足場固めを避けて通る訳にはいかないのですから。

今後とも皆さんのご支援ご助力をいただければ嬉しいです。

ゲーム保存協会 堀井

 

収集のノウハウ、コレクションの把握と情報整理「書籍編」

攻略本研究家(収集家)の松原圭吾です。
違うジャンルのモノも収集していますが、今回はゲーム攻略本に限り、どのように13000冊以上の攻略本(ゲーム雑誌や関連書籍を含めると 25000冊以上)を収集したのかをお伝えしようと思います。


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写真:自宅のコレクション本棚の一部 出版社別、サイズ→ISBN順のため、シリーズ作品の見栄えはよくありませんが、省スペースで参照性に優れています。


 

■1990年~1995年
知的好奇心のままに書店で見つけたものを集めていました。
この時の手法は原始的な「記憶」です。
書店や古本屋を巡り、持っていないものを購入し、本のカバーや巻末に書いてあるシリーズ作品をチェックして、持っていないものを覚え、また探 しに。記憶力があれば徐々に揃います。
(中にはシリーズナンバーが重複していたり、広告だけで発売されなかった物もありました。)

■1995年頃
より完璧さを求めるため、「記録」としてパソコンで、存在するであろう本と、所持しているもののチェックリストを作りました。
次に、パソコンのリストを参考に、手帳に「探している本のリスト」を作りました。
全貌を把握できるのと、徐々にリストが埋まるのは楽しいですね。

この時点では、書店などで遭遇した本で、「探している本のリスト」にないもの は「記憶」に頼ることになります。
知らなかった本であれば新たな情報として購入したり、記録に追加。

■1998年頃
大量に集めて行くと遭遇した本が既に持っている本なのか「記憶」が曖昧になります。
したがって、手帳にも「既に持っている本のリスト」が必要になります。
しかし、数千冊全ての出版社やタイトルを記述するのは現実的ではありません。

新たな手帳の作成に際して、コレクションの情報整理とインターネット上での情報収集を行いました。
まだAmazonがない頃なので、紀伊國屋の書籍検索などで、知らない本があれば順次登録。
個々の書籍を重複なく示すものとして、ISBNが便利であると気が付きました。
シリーズ等で、似たようなタイトルの書籍があっても番号が別なら判別可能です。

手帳への表記に使用したのはISBNをできるだけ省略したものと、ISBNがなければ雑誌コード。
どちらもない例外的な作品のみタイトルを記述することにしました。
(ゲーム書籍は比較的新しいものなので、ISBNだけで9割以上、雑誌コードを入れて市販品のほぼすべてが網羅できます。)

ISBNは 4-XXXX-YYYY-Z と表記され、
X:出版者記号(2桁~7桁)
Y:書名記号
Z:チェックディジット
となっています。
(ISBN13は、日本国内でまだ出版者記号が飽和していないため、先頭に「978」 をつけるだけで、「978-4-XXXX-YYYY- Z」と表記され、チェックディジット計算式が異なるためにZの数字が変わる程度です。)

出版社を「あいうえお順」にページ分けし、書名記号だけ記述することにしました。


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写真:ファイル手帳に実際に記入したリスト

・「●」…所持している書籍
・「赤枠」…後から存在が判明したもの。「<YYYY」表記で追記対応


持っている書籍の後ろに●を打つことで所持チェックが出来るように。
書名記号の表記もできるだけ記述しなくて済むように工夫。
(もちろん、プリンターを使っての印刷でも良いです。)
0000→0000
0001→   1●
0020→  20
0025→   5●
0026→   6●
0036→  36

記述のない桁は上記の数字の繰り返し。
後から存在が判明したものは「<YYYY」という表記で追記対応。
あまりに数が多くなるようであれば出版社ごとページの作り直し。
そのため、取り外しができ、ページを増やせるリングタイプのファイル手帳にしました。

雑誌コードの方は、「○月号」のような定期刊行物の場合、毎年同じコードを使用する例があるため、「6」から始まる「ムック」の判断材料としての使用がメインとなりました。

「探している本のリスト」だけでは見逃す可能性のあった、「記憶」に無い本も、このリストであれば持っているかが判別でき、便利です。

現在20155月時点)
今ではスマートフォンでスプレッドシートを開いたり、データベースを持ち歩けるのでそちらで

チェックするのも可能ですね。

スプレッドシート(エクセル表のようなもの)をクラウドに置くことで、出先からでも閲覧可能。もちろん、表自体をタブレット等に保存しておけば、ネット回線がなくてもチェックできます。データベースは、PCで作ったものがそのまま持ち運べるため、ファイルメーカーの閲覧用ソフトを使っています。


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画像:スマホのスプレッドシートを利用したリスト

・左:ファイルメーカー閲覧用ソフト
・右:googleドライブのスプレッドシート


ショップでは「せどり」やネット価格をチェックする客の対策として「スマホ禁止」の店舗もあるので、そちらでは肩身の狭い思いをしています。

(※「競取り、糶取り」:古本用語、安く売っている本を買い、高く売って利ざやを稼ぐ行為。)

インターネット上での購入は、オークションを除き、ショップではISBN(ISBN13 バーコードを含む)での検索に対応しているところが殆どですので、「探している本のリスト」のISBNと連動して対応したISBNの商品ページを開くのが便利です。
あとは、それぞれのショップで「お気に入り」や「ほしい物リスト」「入荷通知」等を設定しておくことでしょうか。オークションでは「アラート」等の「キーワード設定」も重要ですね。

最後に
私の攻略本収集活動は、こんな感じで原始的な手法でした。
情報の収集(検索、記録)と、実際の収集(購入)ですね。
当時はどこにも攻略本の発行リストが無かったので、情報を蓄積して作るしかありませんでした。
他のジャンルでも、コレクターを見てすごいと思うところは、情報収集力だと思います。
「記録」せず全て「記憶」によって覚えている天才肌の人もいますね。

「記録」を補助として、記憶力はやはり重要だと思います。正確なタイトル名や ISBNまで覚える必要はありませんが、見たことのある本か、持っているかどうかは、なんとなくでも「記憶」しておきたいものです。
書店や古本屋で遭遇した本を、持っている本かどうか一冊一冊ISBNチェックなどしていられませんからね。

攻略本の情報はせっかく集めたものなので、同じように集めようとしている方に情報を活用していただき、浮いた分の時間や労力で更に高い目標へ向かって欲しいと思います。

これまでに私が収集し、整理した情報は以下で公開しています。
http://vgsearch.info/

ゲーム保存協会は求道者を応援します。

ゲーム保存協会 松原

Sadao YAMANAKA (山中貞雄)

ゲーム保存協会が目指しているもの

当団体「ゲーム保存協会」は、その名の通りビデオゲームの保存を目指す団体です。そういう話をする際に「何を残すんですか?」と聞かれることがままあります。

それに対する答えは決まっています。

「全部」です。

非常にアッサリとしすぎているせいか、聞かれた方から意外そうな顔をされる事が多くあります。その気持ちは分かります。

しかしこの答えは必然的に導かれるものです。一品物の絵画や工芸品であれば「何を選んで」コレクションを形成するか、というのは美術館や博物館の重要な目的となりえますが、元が(基本的には)量産品であるビデオゲームについては「全部」というのが理想的な答えとなります。

このあたり、直感的には分かりづらいところがあるようです。

本、雑誌、映画、TV番組、音楽などを「メディア芸術」と呼びますが、比較的近年のものであるゲームも、こうした作品と同じ性質を持っています。

こうしたメディア芸術の歴史はそれ以前からある絵画や彫刻などと比較して歴史が浅いのですが、そのために保存に対しての姿勢というものが考えられるようになった時期もかなり遅く、残すべき物を残すことができなかった歴史があります。

いくつか例を紹介しましょう。

・映画
映画は1895~1896年頃に実用的な仕組みが発明され、今日に至っています。当初は既にある風景を撮影したものを見せるだけだったものが、様々な技法の開発と共に架空の物語を映像として見せることができるようになりました。
しかし見せ物としての側面が強かったためか、人気が落ちて集客力が落ちた映画フィルムは廃棄されることが普通でした。場合によってはフィルムに使用された銀を回収し、フィルムそのものも再利用するために、映像を洗い落とされたりもしたといいます。「作品」としての価値はその時限りのものとされていたわけです。
結果として、初期のサイレント(音のない)映画の残存率は高く見ても15%程度と言われています。これは日本に限っても事情は変わらず、国産サイレント映画の残存率は当時の10%未満だそうです。
アメリカでは著作権保護のために紙に複写された映画を議会図書館に納める必要があったため、そこから蘇った作品が多くあるといった事情はあるものの、大半は失われて二度と見ることができないと言われています。
日本でも今日では高い評価がなされている、小津安二郎の初期の作品群や、小津安二郎が功績を称える石碑(これは京都に現存しています)まで建てた山中貞夫といった監督の作品の多くが失われています。
映画の保存が意識されるようになった時期は国によって一定ではないものの、1930年代以降であることは間違いありません。映画の世界では、既に取り返しのつかない損失とされています。近年でも「忠次旅日記」(1927年)の一部など稀に当時の作品が発見されることもありますが、あくまで例外中の例外です。これは、当時の素材の性質として劣化が避けられないという事情もからんでいます。
忠次旅日記(監督・伊藤大輔)
【写真】忠次旅日記(監督・伊藤大輔)
懺悔の刃(監督・小津安二郎)
【写真】懺悔の刃(監督・小津安二郎)


・TV番組

映画の世界で起きた損失は、同じ映像を扱うTV業界に教訓を与えたのか?というと、残念ながらあまり影響を残していないようです。

意外にもNHKにすら1980年頃までは全ての作品を残すという意識がなく、多くが失われました。これは当時使われていた放送用の磁気記録のビデオテープが極めて高価で、再利用するために消していたという事情があります。

費用をかけた大河ドラマですら残っていないものが多く、第一回と最終回だけ、稀にそれに加えて総集編の三回しか残っていない、という番組はたくさんあります。ただし、映画の機材を使っていたTVドラマやアニメーションはフィルムの再利用ができず、また単価が安かったためか、消されることなく古いものも残っているようです。例えば、1972年~1986年に放送された「太陽にほえろ!」は今も再放送されたりDVDになったりしています。

「少年ドラマシリーズ」(1972年~1983年)といった実写ドラマや「新八犬伝」(1973年~1975年)「プリンプリン物語」(1979年~1982年)などは残存状況が悪く、NHKでは当時の放送を家庭用ビデオで録画していた人からの募集を続けています。しかし、普及率の高かったVHS方式のビデオデッキが発売されたのが1976年であり、それ以前の番組については今後出てくる可能性は限りなく低いと思われます。例外として「少年ドラマシリーズ」の第一作「タイム・トラベラー」(1972年)の最終回がオープンリール方式の家庭用ビデオテープの録画が発見されましたが、他の四話は未発見です。その後作られた「続 タイムトラベラー」(1972年)は、全話の映像が残っていません。

 

こうした事情の何が悪いのでしょうか。
単純に、昔見たものをもう一度見られない、というのも問題ではあるのですが、だったら当時見た人が全員亡くなられたら解決、ということになってしまいます。
もちろんそうではありません。
懐かしさとは違う、作品としての評価というものはいつの時代でも可能です。古い作品でも、今見て新しい発見があるかもしれません。作品が残っていないということは、そうした評価の可能性をなくしてしまいます。
また、歴史の中での評価があったとしても、作品を見ないことにはそれが正しいのかどうかの検証もできません。それを可能にするのは、作品そのものだけなのです。

なぜ残らなかったのか?の答えは一つではありません。単に経済的な理由だったものもあれば、火事で燃えてしまった場合もあります。例外的ではあるものの、スキャンダルを起こした俳優の出演した映画が意図的に廃棄されたことすらありました。事故を除いては「後から必要になるとは思わなかった」というのが本当のところでしょう。
しかし、後になって価値が出てくる作品というのは確かにあります。
ヒット作を作った作者の過去の作品を見たい、というのは最もよくあるパターンです。ビデオゲームでは「メタルギア」がそういう作品でした。1987年に第一作が、1990年に第二作がMSX2というハードに向けて発売されましたが、以後はあまり取り上げられることがなく、1998年の「メタルギアソリッド」の発売までは埋もれた存在でした。「ソリッド」のヒット後から数年してネットオークションが始まり、それから高値がつくようになりました。「メタルギア」「メタルギア2」共に今では当時の中古に定価以上の値段がついていますが、1995年頃はMSX作品のほとんどに値がつかず、中古の流通自体が止まっている状態でした。

さて、最初の疑問に戻ります。今では有名となった作品ですらろくに値がつかないような時期がありました。しかし後になってその価値が変わり、需要が生まれるということがあります。

その時に残っていなかったら?残念ながらどうにもなりません。見ることのできない作品に価値は生まれず、評価もされず、ただ忘れられていくだけとなります。

それを防ぐためには「全部」残しておくしかないわけです。それをしなかったのが映画であり、TVの世界なわけです。価値は必ずしも金銭的な価値を意味するわけではありませんが、今出したら売れると分かっていても、残っていないから出せない、という作品はいくらでもあるのです。

また、「全部」という言葉にはもう一つ意味があります。「保存に際して、作品の価値判断をしない」ということです。

これは先に説明したように、その時点で価値がないとされた作品でも、後から光が当たることがあるかもしれない……という側面もありますが、もう一つ「価値判断のための議論に時間を裂かない」ということでもあります。

例えばです。発売当時に売れたゲームと売れなかったゲームがあります。どちらかを残すということは、どちらかを捨てるということです。売れなかったゲームは捨ててもよい、とすると、何本以上売れなかったソフト捨てるのか?という調査が必要になります。

これが内容から判断するとなるとさらに難しく、「エッチな内容だから」捨てる、あるいは「つまらないから」捨てる、と考えたとしても、そこに基準を設けるために「議論」が必要となります。しかもこうした基準には客観的な指標はありません。果てしのない議論が必要です。そんなことをしているうちに保存が間に合わなくなる、それを防ぐためにも「全部」保存するほうがまだ早い、わけです。このあたりの考え方は、国立国会図書館などでも同じです。収蔵されていない本や雑誌はありますが、それは納本されなかったためであり、意図して選別したわけではありません。

ビデオゲームはその歴史がまだ浅く、40年程度の歴史しかありません。映画やTVの初期がそうであったように、その時代限りの娯楽と捉えられていた時期が長く、また技術革新の速度が速かった1990年代前半には、一世代前までの作品がかなり廃棄されたことが分かっています。特に8ビットPCの作品については今になって高値がつくことが増えましたが、数年前までかなり安価に流通していました。

ビデオゲームはまだ当時の作者やユーザーが数多く残っています。しかし、映画は当時見た人もいなくなり、作品の発見も望めないものについては、評価されることもなくただ忘れ去られるばかりとなっています。当時いかに高く評価されたとしても、その記事だけでは作品の価値は分かりません。監督が偉くても、評価されても、作品そのものの価値を知ることはできません。TV番組も同様です。

我々は、ビデオゲームで映画やTVの世界で起きた悲劇を起こさないために活動しています。そのために、最初の質問には「全部」と答えているわけです。

現実的には難しいかもしれません。既に完全に失われた作品があるかもしれません。それでも、「全部」を目指して活動することが、先人たちの残した教訓なのです。

ゲーム保存協会 日下

 


<参考資料>

「探検バクモン 禁断の映画パラダイス(前編)」2012/10/30放送
「探検バクモン 禁断の映画パラダイス(後編)」2012/10/31放送
「NHKアーカイブス シリーズ人形劇(1)プリンプリン物語」2012/2/12放送
「NHKアーカイブス シリーズ人形劇(2)新八犬伝」2012/2/19放送・2013/2/17再放送
「MAG・ネット~マンガ・アニメ・ゲームのゲンバ~ 3月号」2013/3/2放送
「NHKアーカイブス 復刻!未来からの挑戦」2015/2/15放送
「映画史探究 よみがえる幻の名作・日本無声映画篇」無声映画鑑賞会、マツダ映画社、株式会社アーバン・コネークションズ・2003年
東京国立近代美術館フィルムセンター・Webサイト
特定非営利活動法人 映画保存協会・Webサイト