MIRRORS
Review


「CD-ROMドライブ搭載!」

鳴り物入りで登場した正統88系の最終機種・PC-8801MCは、まさにコケるべくしてコケたマシンと言って差し支えないだろう。以前の機種にCD-ROMドライブを接続するためのインターフェースセットなども存在していたが、既にホビーマシンとしてX68000やFM-TOWNSが登場していた状況において、そもそも88という機種自体に限界が来ていたのは誰の目にも明らかだった。そしてこの末期状態の中、MIRRORSは数少ない88のCD-ROMのソフトとして発売されることとなった。

今まで超能力や心霊など、オカルトを題材にしたストーリーを作ってきたWINGだが、今回は音楽・デザインスタッフだった北原氏の初脚本ということで、サイコホラー路線に変更されている。全体の雰囲気も以前とは打って変わり、西洋風で落ち着いたものになっている。演出面でも映像と音楽・効果音が同期しており、今までの作品を「小説」とすると、今回のものは「映画」になぞらえることが出来るだろう。

しかしながらストーリー全体を眺めてみると、基本的な「型」は今までと全く同じだということが分かる。主人公が実は何かの生まれ変わりで、最終的に超常的な力が使えるようになってくるという進行の仕方は、MSXの『白と黒の伝説』からのWINGの伝統だ。

この「型」にはもうひとつ、最終的に超能力合戦になるというものがある。MIRRORSでは最終局面で「魔術」が多分に絡んでくるが、直接その力で戦うというようなシーンは見受けられないうえ、画面上でも文章上でも、一部を除いて今までの超能力とは違う象徴的な表現になっている。WINGはこれらの「型」に何らかのこだわりを持っているように想像されるが、恐らく今回はただ北原氏が今までのシナリオの形を参考にしたため、一部似てしまったというだけなのだろう。

とは思うのだが、他にも以前の作品に酷似している部分、波動の標的と同じ「くだらないテレビ番組」や、怨霊戦記の法力返しを思わせる「呪文返し」などがあり、偶然なのか型なのか、はたまたパロディなのか、なかなか判断が難しいところだ。

ストーリーはミュージシャンである主人公・デビッドの見る「悪夢」が中心になって進んでいく。この悪夢はデビッドの中に潜むもう一人の自分――「魔王」が覚醒していく様をうまく表現している。

突然頭が割れるように痛み、別人へと変貌する主人公。初めは夢の中だけの出来事だが、話が進むにつれ、現実のデビッドが魔王の力を発揮していく。

この悪夢は初めはただのリアルな夢なのだが、少しずつ現実との区別がつかなくなっていくように非常にうまく演出されており、これがMIRRORSの一番の見どころと言えるだろう。これらは現実から夢へ移行するタイミングをぼかすという方法で表現されている。話が進むにつれて眠りによる夢だけでなく、白昼夢や幻視なども起こるようになり、現実と夢との融合をよりいっそうエスカレートさせている。これらはゲームの中の登場人物にとってだけではなく、プレイヤーにすら判断のつかないものであり、常に地に足がついていないような不安感を与え、緊張を持続させている。

また一度夢から覚めた後にもう一度夢から覚めたり、夢の中の出来事が現実に影響したりするという演出によって、「夢から覚める」ということが安心につながらず、不安感に更なる補強がされていると言えるだろう。

夢以外にも不安感は様々な方法で表現されており、例えば随所に現れる連続的な表現、ひたすら「デビッド」と名前が繰り返し呼ばれたり、同じような風景の町の中をぐるぐる廻ったりというようなシーンが挙げられる。恐らくこの常に付きまとう不安感はMIRRORSのコンセプトの1つなのではないだろうか。

だが最初から最後まで、常にこのような重苦しい空気に包まれているわけではない。デビッドのバンドにはスシャーナというマネージャーがいるのだが、この人物の謎めいた行動がこのストーリーの鍵になっている。そして話の随所、プレイヤーの視点がデビッドからスシャーナを追う探偵たちに切り替わるのだ。この2人の探偵のばかばかしい掛け合いは、デビッドのシーンの緊張を和ませてくれるだけでなく、ストーリーに減り張りを与えている。

この探偵の視点になることによってデビッドの出来事を客観的に見ることが出来るのだが、実はこの探偵たちも微妙に事件に巻き込まれていて、観察者でありながら片足だけを捕らえられたような奇妙な感覚を味わわせてくれる。

助手のヴィンスと探偵クラーク。この2人がいなければストーリーは陰鬱なものになりすぎていただろう。

先ほどから「2つの視点」と書いてきたが、細かく考えるとそうとは言えないかもしれない。デビッドのシーンではプレイヤーの選択がそのままデビッドの行動・意思決定であり、まさにデビッドの視点でストーリーが進んでいくが、探偵のシーンでは特にプレイヤーがどちらかの探偵になるというわけではないので、厳密には「探偵を眺める視点」と言わなくてはならないだろう。これは2つの視点を差別化し、デビッドが主人公であることを明確にしているのだと思われる。

ちなみに終盤でこの2つの視点が交わってくるのだが、この感覚の楽しさはプレイした者でないと分からないだろう。

演出面においてもMIRRORSはCD-ROMの大容量を生かした素晴らしい作品になっており、これはWINGの作品の中だけではなく、88史上でも最も注目すべきものの一つになっていると言っていいだろう。CDから流れる音楽はFM音源とは一線を画し、従来から音楽には定評のあったWINGならではの、クォリティの高いシンセサイザーサウンドを聴かせてくれる。全体としてメロディ主体の曲が多く、ピアノ曲「Rin」などは、プレイを忘れて一時耳をすませて聴き入ってしまうほどに美しい。またオープニングや夢の中で良く流れるオドロオドロしいタイプの曲は、アレンジの手法として非常に興味深いものを持っている。特にオープニングの曲は静と動の構成にも力が入っており、その映像とあいまってそれだけでも1つの作品として成り立つレベルにまで高められている。個人的には、このオープニングの曲がWINGの音楽の中で最もすばらしいと思っている。

謎めいた占い師。顔などはいっさい表示せず、炎のゆらめきだけですべてを表すという優れた演出。

夢の中での司祭の殺害が具現化。このシーンは「……ルーアンはジャンヌ・ダルクが火刑にされた町として知られている」というただ一文のみで表現されている。このような文章的な技巧も随所に見受けられる。

グラフィックは単色多階調のリアルなタイプで、実写と絵の中間のような独特のものになっている。これは西洋風サイコホラーの作品には打ってつけだと言えるだろう。もちろんこれもCD-ROMの大容量によって実現できたものなのだが、では、その読み出し時はCDによる音楽演奏が止まるのか、という疑問の声が聞こえそうだ。それには明快に「止まらない」と答えることが出来る。これは各シーン毎の始めに、CD-ROMから必要なデータをFDに転送しておくことによって実現している。おかげでプレイ中、雰囲気を壊さずにストーリーを楽しむことが出来るのだ。

だがこれは同時に、シーンとシーンの間で読み込みのために長時間(1分強)待たされることも意味している。これはだるい上にストーリーの流れを断絶してしまうので、正直何とかして欲しいところだが、途中でブツブツと音楽が途切れるための興醒めを想像すると何も言えなくなってしまう。88という機種の限界を考えると、これはやむを得ない選択なのだろうか。

うんざりするメッセージ。

さて、このリアルなグラフィックだが、もちろんWINGで一から書き起こしたものではなく、すべてにちゃんとモデルが存在している。背景などは写真集からそのまま頂いたそうで(一部WING社内と思われるものも見受けられるが)、少々著作権的に心配があるような気がする。人物については、例えば主人公のデビッドは、ヴァージンレコードに所属するミュージシャンのデビッド・シルビアン。バックメンバーのマーティン・アラン・アンドリューは、ミュートレコードに所属する「デペッシュ・モード」のメンバーたちになっている。CD店やInternet上で本人達の写真を確認すると、ほとんどそのままの状態で登場していることが分かるだろう。なお、途中で出てくるパンクスのチンピラ2人は「悪魔の毒々ハイスクール」の悪役だそうだ(笑)。

ナターシャ・キンスキー

個人的な話で申し訳ないが、このレビューを書いていると、当時MIRRORSの素晴らしさは認めつつも、少なからず反発を覚えていたことを思い出してしまう。

この作品をジャンル分けするなら、誰もがアドベンチャーゲームに分類するだろう。実際MIRRORS自体AVGとして売りに出されていたし、各雑誌もその様に扱っていた。そのゲームシステムは表示される選択肢を選んでいけば自然とストーリーが進むというもので、特に謎やフラグなどはなく、誰でも最後まで見ることが出来るという親切設計だった。これは『白と黒の伝説・DESTRUCTION』の流れをくんだもので、純粋にストーリーを追うことが出来るように更なる発展を遂げた形だと言える。しかし、後半では大きな分岐があってマルチエンディングになるとはいえ、ここまでプレイヤーが介在できなくなったものを「ゲーム」と言われて納得出来るだろうか。今でこそノベルタイプのソフトが市民権を得ているが、「ゲーム」ということに拘っていた当時は抵抗を感じたものだ。今考えるとどうでも良いことだけに、ソフトウェア作品の新しい形を認められなかった当時の自分を恥ずかしく思う。

通常2~4つの選択肢が表示されるが、これは選択肢というよりもメッセージ表示項目と言った方がいいかもしれない。実際この選択によって分岐が起こる箇所は数えるほどしかない。

もっとも当時を知らなければ、現在のノベルソフトとは違ってストーリーの進行のためにいちいち選択肢を選んでいかなければいけないことに関して、逆の方向からMIRRORSを批判していたかもしれない。その様な比較によって優劣を決めることがナンセンスだということを理解できたかどうか怪しいものだ。

先述したとおり、出荷された本数はかなり少なく、売り上げもWING史上堂々のワースト1のMIRRORSだが、様々な点で高く評価できる作品であることは疑う余地がない。この不遇の名作が限られた人間にしかプレイされていないばかりか、ほとんどの人にその存在すら知られていないことが残念でならない。もし何らかの奇跡でこの作品に出会うことがあれば、どんな状況であれ躊躇せずにプレイして欲しい。是非。


余談:とんでもないレア作品のように書いているが、これはあくまで88版に限ったことで、実はFM-TOWNSでも発売されていたりする。だが残念なことに(現在の調べでは)TOWNS版はエンディングが88版より1つ少なくなく、しかもそれが所謂「真のエンディング」といわれるものだったりするから大変だ。TOWNS版はプレイが快適でこれさえなければ言うことはないのだが……。


文章:飯沼薫氏

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