HxCと日本の伝統工芸の出会い

当団体で使用するHxCフロッピーエミュレーターが、意外な場所で文化の保存に活用されています。
ゲーム保存協会のメンバーが個人のブログで「HxC FloppyDisk Emulator」(以下「HxC」)について記載していたのですが、先日、そのメンバーのもとに、京都の西陣織物業「西陣金襴青年会」の方からHxCについて問い合わせが来たのです。

京の伝統工芸として有名な西陣織の多くはジャカード織機を利用して生産されています。現在の織機は、PCでデータを作成しCGSジャカードフォマットとしてフロッピーディスクにてデータを供給する、「ダイレクトジャカード」で制御しています。ところがこのフロッピーディスクがメディア、ドライブとも劣化が進んでいます。
以前は8インチ、5.25インチのフロッピーディスクドライブを使っていましたが、最近では3.5インチのいわゆる「3モード」のものと互換性があります。
しかしながら、2010年でフロッピーメディアの生産は停止し、西陣の業界ではこうしたドライブがプレミア付きで取引されているとのことでした。Windows機へデータを吸出し、USBメモリーにて制御する装置も開発されましたが、高額であり近年の不況のためほとんどの職人さんが購入できずに、過去のドライブを修理しつつ使用しているとのこと。
そこで、より安価に生産体制を維持するべく、HxCを利用できないか?という問い合わせです。

美しい西陣織の伝統を途絶えさせてはいけない、ぜひ何とか協力したい、ということで、詳しい事情をお伺いして、作業してみることに。

まずは、「どのドライブが使われているのか?」を特定する必要があります。また、「実際にフロッピーディスクはどのようなフォーマットであるのか?」を調べる必要もあります。そこで、ドライブの写真とフロッピーディスクを提供していただきました。
西陣の織機に使われているドライブは、すべて同一ではないとのことでしたが、その中でも送っていただいた写真からNEC製の「FD1137D」と特定。

「FD1137D」と同一のドライブはPC-9801UX21などで使用されています。ですから、このPC-9801UX21でHxCが動作すれば、織機でも同じように動作する可能性が高いと考えられます。
早速、件のPCを手に入れ実験してみましたが、PC-9801VX以降の機種はいずれもドライブ側にデータセパレータ(VFO)の実装が必須で、この「FD1137D」にもドライブ側にデータセパレータが必要だと判明しました。
HxCは本来データーセパレータを実装しておらず、そのエミュレーションを行うには回路ごと改良しなければ不可能です。
そこで、データセパレータを別に作成し、「PC-98」ー「データセパレータ」ー「HxC」と接続して動作を確認したところ、PC-9801UX21で問題なく動作可能であることが判明しました。
これで物理的に織機の「FD1137D」を置き換えることが理論上では可能となったわけです。

次にCGSフォーマットを検証しました。
CGSフォーマットは2HDディスクで、77シリンダ、2サーフェス、26セクター(256バイト)のいわゆるIBMフォーマットです。
このフロッピーディスクをなんとか、HxCで使用できる形式へ変換しなければなりません。
3モードドライブなどいくつかの問題があったため、直接HxC Floppy Emulator Softwareでのイメージ化は行わず、一旦国内のPC-98エミュレータなどで多く採用されている「D88」形式へ変換、イメージ化を行いました。
しかしながら、作業時に使用していたHxC Floppy Emulator Softwareは「D88」形式をサポートはしていたものの、2Dディスクのフォーマットまでで、2DDや2HDは未対応でした。

このままではどうすることもできない、ということで、HxCのフォーラムにて海外の開発者に直接サポートをお願いし、その結果、2HDなどにも対応するHxC Floppy Emulator Softwareが出来上がりました。
新しいソフトでイメージを変換し、PC-98に接続したHxCにて、改めて動作確認をおこなった所、見事に読み書きが可能になったのです!
これらの結果を「西陣金襴青年会」の方へお伝えし、実際の織機とHxCを接続して試していただいたところ、問題なく動作し、織機での使用が可能でした。

新しいデバイス、技術で過去の資産を活かすことができたのです!様々な場所で活用されていた古いメディアを、未来に残すために、様々な方法が開発されています。古いゲームもそうですが、きっと私たちが気づかぬ場所で、西陣織のように、メディアやドライブの劣化問題で困っている方々が沢山いるはずです。

今ならまだ間に合います。
文化を未来に残すためにも、完全な劣化消滅の前に、できる限りのことをやってみる必要があると思います。

ゲーム保存協会 福田

HxC: http://hxc2001.free.fr/floppy_drive_emulator/ (英語)

大英図書館における取組み

デジタルゲーム保存で一歩先を行くヨーロッパですが、Wired.co.ukのウェブサイトにて、2011年05月10日付けで、イギリス大英図書館での興味深い取組みに関する記事がアップされました。

※リンクが切れました

大英図書館では、すでにゲームの収集と保存保管が始まっており、私たちゲーム保存協会も使っているクリオフラックスという機器を利用して、信頼性の高い情報の抽出と保存を推進しています。

今回の記事では、昔の「書簡」にあたる資料として電子メールの保存に関する取組みが紹介され、クリオフラックス(KryoFlux)が使われていることが書かれています。クリオフラックスは、もともとSoftware Preservation Society (SPS)が作った技術で、私たちも彼らとのやり取りを続けて日本の古いフロッピーディスクなどの保存に活用しているものです。

http://www.softpres.org/home (英語)

今後ますます注目される技術になるであろう古いデジタルメディアの復元や正規のバックアップ技術、日本での普及を目指し、当団体でもマニュアルの翻訳をはじめとして、さまざまなサポートをして行きたいと思います。

ホームページ始動

70年代から90年代にかけてのデジタルゲーム文化を保存するために活動する「ゲーム保存協会」の公式ホームページが始まりました。

ゲーム保存協会は、日本に花開いた豊かなゲーム文化とその資料の劣化と消滅の危機に立ち向かう非営利団体です。

私たちは、将来、当時のゲーム文化を研究するであろう多くの人たちのために、創造力にあふれた当時のゲームを参照する次世代のクリエイターのために、そしてゲーム文化を愛する全ての人のために、真摯な姿勢でゲーム資料と向き合います。あらゆるゲーム資料を、利益を排した公正な立場から見つめ、独自の専門技術の開発や、ゲーム文化に対する意識を広める活動を続けます。

今後、ホームページを通じた情報発信を積極的に行い、本格的なゲーム研究の良き友となれれば幸いです。