ザース


エニックスより1984年8月に発売


アニメ絵の元祖

「ザース」は、パソコンゲームにアニメ絵を取り入れたゲームの元祖といってよいだろう。それまでのアドベンチャーゲームの絵というのは、お世辞にもうまい絵とは言えなった。例えば、スタークラフトの移植したアドベンチャーゲームの絵などは、線が極端に少なく、物を1本の輪郭線とベタな色で塗っているという、最低限の情報を与えるために存在している絵だった。日本のアニメーションの絵も、実写に比べてはもちろん情報量が少ないが、その制約の中から、実写ではありえない線や色の使い方をし、それが独自に発展して今日に至っている。それを我々の世代は違和感なく受け入れている。このような土台がある日本で、ついに登場したのがザースである。


他のアニメ作品

ザースの前にも「アニメの絵」を使ったゲームは存在する。たとえば、ラポートの「機動戦士ガンダム」(右図)がそうだ。しかし、この絵は筆者に言わせれば、えらく陳腐だ。日本のアニメの特徴である線は少ないし、しかもガクガク、さらに表現している色数も少ない。これは「アニメの絵」を参考にしただけの簡略絵であり、ここでいう「アニメ絵」とは違うと定義したい。当時、ザースが発売されるに当たって、「ミリカ」という少女の絵を広告に出したところ、「あれはパソコンの絵なのか?」という問い合わせが殺到したということだ。こんな事実からも以前の絵との違いが分かると思う。


ザースを作った人たち

ザースを制作したのは、スタジオシャンドラという当時高校生だったグループである。リーダーは杉江正氏。杉江氏は中学生のときバレーボールの練習中に足を骨折し、入院生活を送った。その退屈をまぎわらそうとして、マイコンの勉強をしたのがきっかけとなり、高校合格後にベーシックマスターJr.を購入。その後、高校生でありながら富士音響RAMにプログラムを投稿し、学校の先生よりお金を儲けていたというエピソードがある。その後、エニックスからFM-7を借りて作ったゲーム「不思議な旅」が第2回ホビープログラムコンテストで入選。その後、スタジオシャンドラのリーダーとなった。メンバーはグラフィッカーとして武田義彦氏、中沢数宣氏、佐山善則氏の3人が担当。武田氏は杉江氏が作ったサークル「稲城サイエンスクラブ」のメンバーで、「不思議な旅」からのメンバーである。他の2人は同クラブからザースのために武田氏が引きこんできた。佐山氏はその後「ガンダム逆襲のシャア」で、中沢氏は「魔神英雄伝ワタル」「魔道王グランゾート」などで活躍することになった。


アニメ絵の難しさ

ザースの特徴である線の細かさと中間色。この2つを再現しようとすると、いくつか問題がある。ライン&ペイントの場合、線は書けば書くほど、色は使えば使うほど、単純にデータ量が多くなる。ザースの元はFM-7版だが、88でも64KBのメインメモリを考えると、絵のデータに割けるメモリ量に限界がある。ザースの場合、テープ版の発売も予定されていたので、画面1枚1枚に対して、ディスクから読みこみはできないし、圧縮もできない。このため、少しでもデータを減らすために、曲線の点と点の間隔を粗く取ったりして、1枚につき2KB以内に収まるようにしている。これは武田氏の渾身のデジタイズが成果をあげている。

※なぜ瞬間表示ではなかったのか、という理由はいくつかある。実はスタジオシャンドラのもっている描画ルーチンがライン&ペイント方式しかなかったということと、ザースのような細かい絵は圧縮に向かないという理由からであった。


コラム
ザースのデジタイズは大変緻密で根気のいる作業が強いられた。ザースの原画はスキャナを使わずに、当時の1つの技法(?)であったサランラップを使用してパソコンに落としている。手順は次のようなものであった。
1.杉江氏が絵コンテを書く
2.原画を作成する - コンテを元に白い紙に中沢氏、佐山氏、武田氏が線画を書く。これはアニメの原画に当るもの。このとき、影の境界線も黒または赤で描く。
3.サランラップの作成 - 原画の上にサランラップを張り、サランラップに細マジックペンで線をトレースする。
4.デジタイズ - サランラップを画面上に張り、FM-7でグラフィックエディタ(SuperDANという杉江氏制作のものを使用)を起動。輪郭線をカーソルでポイントして、ラインデータにし、曲線も複数ポイントの直線データにする。このポイント数をできる限り減らして、データ量を軽減(これは武田氏の人力圧縮とでも言うべき作業)。次にペイント命令で色を塗る。色トレース線をライン命令で入力、このラインは緑で描画する。中間色に置きかえるところを緑でペイントして、緑のところを中間色に変換する。出来上がったデータをフロッピーディスクに保存する。
5.バイナリー変換 - 杉江氏作のBinaryDANを起動してSuperDANの画像データを読み込み、バイナリー情報に変換する。このとき編集用の情報を削除し、描画情報のみを残す。このバイナリー情報がゲーム本体で描画時に使用される。
ザースのあの美しいグラフィックは、グラフィッカーの祖先ともいうべき武田氏の渾身の作業があってこそ完成したといってもよいだろう。


ザースの描画速度

88では色は8色しかでないため、肌色などの中間色を出そうとすると、タイルパターン(赤、緑などの色を一定の間隔で並べて、肌色のようにみせること。人間の目の錯覚で細かく異なった色をならべると違う色にみえる)を作成しなければならない。タイルパターンを表示するには、ある位置に赤をまず塗り、その上から一定間隔で緑を塗るという2度手間がかかる。実際のザースのグラフィック描画過程をみればわかるが、同じところに何度も色を塗っているのがそれである。実はザースの88版は、アルゴリズムの天才、森田和郎氏が制作したルーチンを使用して高速化を図っている。しかし、この時代ではお世辞にも早いといえる描画ではなかったのが残念である。


ザースの物語

ザースは実はディスク5枚にも匹敵する壮大なストーリーだったそうだ。実は登場するナバは海底の住人だったとか・・・。それが諸都合により、ディスク1枚に納めるという形となった。これによりストーリーはある程度の部分までしか語ることはできなかったのは非常に残念である。また、グラフィックデータとの兼ね合いで、プロローグやエピローグにストーリーを強引に詰め込んでしまった感も拭えない。当時放映していた「バイファム」を真似て作ったというロボットやプロローグにしか登場しない「ミリカ」がもっと生きてくれるとうれしいなぁ・・とアニメファンのような意見を言ってしまったが、杉江氏の次回作である「地球戦士ライーザ」はアニメとSFをさらにパワーアップしたものになっている。もし「ザース」がもっと後期に登場していたら、ジーザスを超えるSFアドベンチャーになったかもしれないと思うのは筆者だけだろうか。

本原稿制作にあたり、作者の杉江正氏にご協力を得ました。ありがとうございました。

「ザース」に関連するすべての画面写真、パッケージ写真の著作権はエニックスに帰属します。