ピョン太 それを作って、『南極物語』が後だったと思うんだけど、作った後に。これも言って良いのかな・・・? 堀ちえみ・・・。
愛妻 あ~、ありましたね。ジクソーパズルでしたよね?
ピョン太 ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。これはオフレコじゃないとまずいな(笑) そこでもう「辞めた!」って言って、フリーの仕事を辞めた。
愛妻 は~。
ピョン太 その頃はもう、全部印税が入ってたんで、すぐに働かなくても暮らして行けるぐらいになったんで。もうその年辞めて、スキー行ったりとかして。いろいろ遊んで帰ってきて、またそろそろ始めようかなと思ったときに、88のアセンブラを買ったのね。これはアスキーの製品なんだけど。当時4万幾らしていて。88のアセンブラを4万幾ら出して買う奴っていうのはそんなに居ないんだよね。
愛妻 そうですよね。
ピョン太 凄く良いアセンブラで、それくらいしか仕事して使えるのは当時無かったんで、買って登録ハガキを出したらアスキーから電話が掛かってきて。「うちで仕事しませんか?」って。
愛妻 そのパッケージを買ったっていう事は、”使える”っていう。
ピョン太 うん。そうとうプログラムとかをやる人じゃなければ、買わない物なんだろうね。で、とりあえず行った。それはログインとは全然関係ない仕事だったんだけど。ゲームとか作っている部署だったんだけど。そこでちょうどアスキーのコンテストで『ボコスカウォーズ』ってあって。X1だったのね。コンテストで応募してきた作品だったんで、そのユーザーはX1しかプログラムを知らない。でも良いゲームなんで88で出したいっていう企画があって。その頃、88のSRが出るぐらいの時期で発表はされていなかったんだけど、そういうアスキーとかには情報が来てて。行ったらそこにSRがあったんですよ。
愛妻 あ、既に!?
ピョン太 それを見せられて、「これで動く『ボコスカウォーズ』を作って欲しい」っていうか、そういう仕事があるって言われて、引き受けた(笑)
愛妻 新機種に触れるっていう、誘惑に負けてしまったんですね(笑)
ピョン太 88よりもかなり早い。で、尚かつ『ボコスカウォーズ』を作ろうとしていたから。「88じゃ難しい。でもSRなら出来る」って言われたから「じゃあやります」って言って引き受けた。それを持ち帰って、88に『ボコスカウォーズ』を移植していたら、「昔の88でも動かしてくれ」って。
愛妻 (爆笑)
ピョン太 話が違うじゃんっとか思いながらさ(笑)
愛妻 またそこでもムチャ言われた訳ですか(笑)
ピョン太 うん。それでも動くような体制になって、一応完成した。っていうのが、アスキーの最初の仕事。
愛妻 なるほど~。
ピョン太 だから『幻魔大戦』、『南極物語』からブランクがあって、次の仕事が88の移植。
愛妻 で、その『ボコスカウォーズ』を移植して、その後にまたアスキーから仕事が来るって感じになったんですか?
ピョン太 移植が終わるか終わらないかぐらいの頃に、ログインから電話が掛かってきた。当時、小島さんが編集長になるかどうかってぐらいのときだったんだけど、連載物のプログラムでRPGの連載をやってくれる人は居ないかっていう電話が、オレが出入りしていたアスキーの人たちが集まっていたマンションに遊びに行っていたときに掛かってきて。「そういうプログラマーを捜しているんだけど、空いている奴居ないか?」って言ったときに、たまたま居て(笑)
愛妻 ははは(笑)
ピョン太 「じゃあオレ、そういうの好きだから話を聞いてみる」って。そのときに趣味で、日本物のRPGを作っていたのね。要するに日本ってさ、剣と魔法の世界ばっかりだったじゃん。
愛妻 はいはい。
ピョン太 忍者系の物が作りたくて、ちょっと作っているのがあって。たまたま持ってきていたんで、そこに行って小島さんに「こういうのをやっているんですけど」って見せたら、「じゃ、それで行こう!」
愛妻 即決めですか(笑)
ピョン太 で、タイトルなんだけど。『忍者』っていう連載物をログインで最初にやったのが最初の仕事で、それからログインで仕事をするようになった。
愛妻 じゃあ最初は、プログラマー的な感じで、ログインに入ったんですね。
ピョン太 完全に。だからログインに入ったっていうか、出入りしていただけで。「『忍者』やろうよ」って、それから数ヶ月行かなかった。作って出来たら「これだけ出来ました」って持って行って、「じゃあ記事を作ろう」っていう話になって。それが終わると、また何かのプログラムをお願いされるっていう感じで。出来たら行くって感じだったから、月に1回とか2回とか出入りしていたぐらいかな。その頃には、もう面白ければ良いやって思ってて。
愛妻 は~。
ピョン太 だから細かいのはいっぱいやった。
愛妻 連載物として続いていくっていうページですよね、基本的に。
ピョン太 うん。それでいくつか特集をやった後に、細々としたのを作っていた。もうその頃はベーシックプラス、グラフィックを出すアセンブラルーチンなんかは完成していたから、なんかあればバイトできる状況だった。で、好都合だったんだよね、掲載する雑誌社の方としては。直ぐ出来るから。締め切りがきついからね。
愛妻 そうですよね。
ピョン太 それでずっとやるっているうちに、ログインに入り浸るようになったのかな。
愛妻 で、気が付いたら、働くようになっていたという感じですか。
ピョン太 そうそう。それでも他の会社の仕事もしていたんだけど、X68000が良いきっかけだったっていうか。その頃、ログインの仕事は儲からないから、辞めようと思って離れていて。X68000っていうのがシャープからでるんだけど・・・。「凄いんだよこれは!」って電話が掛かってきて(笑)
愛妻 (笑)
ピョン太 「ちょっと見てみない?」って言われて見たんだけど、確かに凄い。そうしたらX68000用のグラフィックツール・・・スプライトが出るっていう話で、それが同一水平ライン上に32個並べるって、そういやつで。
愛妻 凄かったですよね。
ピョン太 「スゲェー」とか言ってて。「スプライトエディター作ろうよ」って言われて。まだベーシックもなければ、アセンブラも固まっていない。売る前だから完全に。
愛妻 はいはい。
ピョン太 「発売と同時にスプライトエディターを出すのが美しい」って言われて。
愛妻 美しい(笑)
ピョン太 「面白そうじゃん」って引き受けちゃった(笑)
愛妻 メラメラと燃えちゃったんですね(笑)
ピョン太 シャープに電話を掛けながら、「ベーシックのコレがわからない」って聞いて。「それは決まっていないんだ」とか。で、打ち合わせしながら何とか作って。X68000の発売と同時にスプライトエディターを雑誌に載せるっていうのが、ログインに戻ってきて久々の仕事だった。
愛妻 はぁ~。
ピョン太 それでX68000系の企画記事に協力する内に、誌面に出たりとかするようになって、河野さんと2人で変な事してるのが、記事の方に出てくるきっかけになった。原稿書くようになって、それで契約社員になって毎日来るようになっていうのが、流れかな。
愛妻 なるほど。じゃあ元々、「ゲームに関して記事を書きたい」とか、そういうものではなくて?
ピョン太 全然ない。
愛妻 なんかパソコンの機能に何処まで自分が食いつけるかとか、そういうレベルですよね。
ピョン太 新しい物に対して何かをやるっていうのが、すごく最初っから好きだったからというのがあって。新しいマシンって言われると、もう引き受けてしまう欠点が(笑)
愛妻 ははは(笑)
ピョン太 それがアスキーとの繋がりですかね。
愛妻 じゃあ、X68000がいけなかったんですね(笑)
ピョン太 だって、そのX68000の話を聞く前は、もっと他のところでプログラマーをやろうと思っていたぐらいだから。
愛妻 じゃあ、具体的に何処でやろうとか決めていたんですか?
ピョン太 それがですね、決まっていて。名前忘れちゃったんだけど、実はアスキーの子会社だったんだけど。もう面接まで受けて、次の日からっていうことにしてたのね。
愛妻 あらあら。
ピョン太 オレ、友達と2人で面接受けたんだけど、「1人しかいらない」って言われてて。その友達とオレで、一応アルバイトなんだけど、入社試験みたいのをやらされたの。それで、その友達っていうのが、変なアルゴリズムを書く奴で(笑)
愛妻 ははは(笑)
ピョン太 要するに、アルゴリズムか回りくどいの。それで嫌われて、オレ1人っていう話になって。でも1人じゃ嫌だっていう話をしていて。「一緒にやろうと思って面接を受けたのに、2人じゃなかったら引き受けない」って、言っていてゴタゴタしていたときに、X68000が欲しくなっちゃった。
愛妻 はぁ~。シャープがいけなかったんですね(笑)
ピョン太 (笑)
愛妻 5年間、仕様を変えなくても良いマシンを作っちゃうから、いけないんですね(笑)